相変わらず続く雨に影響されたのか、私の心は不安定だった。
ビルさんに気付かれないようにそれを隠して過ごしている。
この間のビルさんの言葉に影響を受けているのは解るけれど、ハッキリはしない。
モヤモヤとしているけれど仕事は待ってはくれなくて今日もパソコンに向き合う。
偶に首を左右に傾けて骨が鳴る音とビルさんが家事をする音が響く。
どうやら今は掃除をしているらしく、掃除機の音がする。
振り返ると掃除機を手にしているビルさんの後ろ姿。
魔法と電化製品は相性が悪いらしく、電化製品だけは普通に使っている。
ボーッとその後ろ姿を眺めてから改めてパソコンに向き直った。
一日の仕事を終えて夕食を作ろうと立ち上がるとソファーが目に入る。
本を読んでいるから静かだなとは思っていたけれど、眠ってしまったらしい。
お腹の上に開きっぱなしの本が乗っていて、眠っているビルさん。
起こさないようにそっと本を取って机の上に置く。
整った顔立ちはいつ見ても魅力的に見える。
安心して眠っているように見えるビルさんの顔。
本当は色々と不安や寂しさだってある筈。
音を立てないように立ち上がり、キッチンへ向かった。
料理を並べ終えると同時にビルさんの目が開く。
目を擦っているビルさんに声を掛けると途端に笑顔になる。
言葉で表すならばふにゃり、とそんな感じの笑い方。
「ご飯、出来たよ。今日は和食にしたの」
「良い香りがする」
「美味しいと良いんだけど」
向かい合っていただきますと手を合わせる。
ビルさんの事を考えて今までは極力洋食だった。
流石に日本人だから和食だって食べたくなる。
なるべく無難な物を作ったけれど、どうだろう。
お味噌汁をスプーンで掬っているビルさんを見る。
「どう?」
「うん、美味しい」
ニコッと笑ったビルさんにホッと息を吐いた。
自分で作ったけれど、久しぶりの和食でとても美味しく感じる。
ぐらぐら揺れていた心も美味しいもので落ち着いていく気がした。
単純だと自分でも思うけれどこればかりは性格なので仕方無い。
片付けを終えたビルさんと入れ替わりにキッチンへ入る。
グラスを二つとボトルを持って戻るとビルさんが首を傾げた。
「飲める?」
「うん、飲めるよ」
「良かった」
滅多に飲まないけれど、時々仕事の関係で貰ったりする。
グラスに注ごうとしたら横から奪い取られてしまった。
ビルさんが注いで更に差し出してくれて、それを受け取る。
ワイングラスが無いから普通のグラス。
けれど拘りは無いから飲めたらそれで良いのだ。
乾杯をして一口飲むと久しぶりのアルコールにくらりとする。
「ワインってやっぱり苦手かも」
「そうなの?」
「頂き物だから飲むけどね」
そっか、と呟いてワインを飲むビルさん。
相変わらず整った顔立ちは目に優しい。
本人さえ許可してくれたら幾らでも見ていられそうだ。
美人は三日で飽きると言うけれどそんな事も無い。
「魔法って、赤ちゃんの時から使えるの?」
「うん、そうだよ。11歳になったら学校に通うんだ」
「学校?」
「ホグワーツだよ」
おつまみにとチーズやクラッカーを出して二人で摘む。
ホグワーツは全寮制で、七年間らしい。
という事は日本の中学校と高校に当たるのか。
四つの寮の話を聞いて私は何処に当てはまるだろう、と考える。
「名前さんはハッフルパフじゃないかな」
「ハッフルパフ…入れたら楽しそうだけど、年齢的にも魔力的にも無理だね」
「ダンブルドアなら入れてくれそう…あ、校長ね」
とても偉大な魔法使いなんだよ、と嬉しそうに言う。
ホグワーツの事を話すビルさんはとても嬉しそうだ。
きっとホグワーツというのはとても楽しいのだろう。
私も学生時代は楽しかったけれど、こんな風には話せない。
校長先生なんて集会の時しか見掛けなかったし。
気が付いたら空っぽだったグラスにワインを注ぐ。
「二つ目の家って感じ?」
「うん。そんな感じ」
詳しい授業の話をし始めたビルさんを眺めながらワインを飲む。
魔法の授業の話はやはり聞いているだけで楽しい。
(20130530)
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