六月に入ると気温も上がり、そして雨が多くなった。
そういえば先週梅雨入りしたとテレビで言っていた気がする。
梅雨は湿気が多くてベタベタするし洗濯物も乾かない。
雨は嫌いでは無いけれど毎日では気が滅入ってしまう。
ビルさんはイギリスは殆ど雨だから気にならないらしい。
「あー…今日も雨かぁ」
洗濯物をハンガーに掛けながら呟くとビルさんが本から顔を上げた。
それはこの間初めて行った図書館で借りてきた本。
いちいち買わなくて良いとビルさんからの申し出だった。
「名前さんは雨嫌い?」
「嫌いじゃないよ。ただ続くとねー…青空が恋しくなるかな。それに湿気で暑いのは嫌なの」
「確かに、日本は暑いね」
イギリスはこんなに暑くないのだと前に言っていたのを思い出す。
ビルさんは日本の夏を無事に過ごせるだろうか。
一応クーラーはあるけれど、使用頻度は毎年低い。
パンッとバスタオルを広げながら考えていたら影が出来た。
「貸して、僕やるよ」
「あ、有難う」
いつの間にか後ろに立っていたビルさんにバスタオルを渡す。
洗濯物が部屋干しというのもまた憂鬱な原因の一つ。
「ビルさん、雨の日はいつも何して過ごす?」
「本読んでるかな。学生の時は課題やったりしてたけど」
「課題?勿論魔法のだよね?」
「うん。例えばこういうのとか」
そう言ってビルさんが杖を振ると洗濯物があっという間に干し終わる。
何回この目で見ても魔法は感動する物だ。
思わず拍手をするとビルさんが照れ臭そうに笑う。
もう一度杖を振ると今度は洗濯物が乾いた。
「魔法って便利。私も使えたら良いのに」
「杖振ってみる?」
「え?良いの?」
「良いよ。はい、どうぞ」
差し出された杖を受け取ってビルさんを見上げる。
どうしたら、と困っている私にルーモスという言葉を教えてくれた。
杖は振らなくていいと言うから教わった通りに唱えてみる。
「…これ、何が起こるの?」
「杖が光るんだ」
貸して、と言うビルさんに杖を渡すと同じ様にルーモスと唱えた。
私の時は何も起こらなかったのとは違い杖先が光っている。
「私が下手って事?」
「そうじゃなくて、名前さんに魔力が無いだけだと思う」
「やっぱり…ちょっと残念」
ここで私に魔力があると言われても信じられないだろう。
魔法の存在はこの目で見ているから信じているけれど。
ビルさんのお陰ですっかり乾いた洗濯物をハンガーから外す。
それを畳み始めるとビルさんが隣に座った。
「本当はね、マグル…名前さんみたいな人達の前で魔法は使っちゃいけないんだ」
「そうなの?」
「うん。もし魔法を使ったら、記憶を消されちゃう」
「え?」
ドキリ、と心臓が大きく鳴り、一気に不安が込み上げて来る。
ビルさんはもう何度も私の前で魔法を使っていた。
「何となくなんだけど、此処は僕の居た世界じゃない気がするんだ。イギリスに戻ってもきっと家族は居ないと思う」
淡々とビルさんは言うけれど、それはとても不安な事じゃ無いだろうか。
信じられないというよりも先にそんな事が浮かんだ。
ビルさんの表情からは何も読み取れなくて、言葉も浮かばない。
もし私がビルさんの立場だとしたらこんな風にいられるだろうか。
「それでね、帰れる方法が無くなっちゃっていつまで居るかも解らないんだ。名前さんが出てけって言うなら、いつでも出てくよ」
「え?」
「元々帰る方法があるからって事だったし」
状況が変わって来ちゃったから、と言うビルさん。
思わず眉を下げているビルさんの手を掴んだ。
今この手を離してはいけないような、そんな気がする。
それに、一人で放り出すなんて、やっぱり出来ない。
「名前さん?」
「出てけなんて、言わないから」
「…有難う」
ビルさんが嬉しそうに笑ったのを見て、不思議とホッとした。
(20130524)
10