魔法使いだと告げたビルさんは明らかに何処かスッキリしたようだった。
普段から遠慮無く魔法を使うようになり、本当のビルさんになった感じがする。
テレビや本等で見たように杖を振るだけで物が動いたりするのは見ていて楽しい。
大人になってもこういうのはわくわくするものだ。
キッチンから聞こえる食器を洗う音を聞きながらカレンダーを見る。
もう直ぐ六月だから、ビルさんの夏服をそろそろ買わなければいけない。
買い物に行った時に何枚か買ってきてはいるけれど足りないだろう。
洗濯物を干しているビルさんが振り向いてにっこりと笑った。
流石に誰かに見られたらまずいので洗濯物だけは魔法は使わない。
「干し終わったよ」
「有難う。ビルさん、買い物行かない?」
「買い物?食料品は買ったばっかりだよね」
夏服の事を話すと案の定ビルさんは足りるから、と断った。
それを説得して家から出るとやっぱり中よりも暑い。
家の中では窓を開けておけば心地良いけれど外は太陽があるから違うようだ。
パソコンが日差しが届かない所に置いてあるからかもしれない。
以前と同じお店を回って夏服を何着か買った。
多くは買わなくて良いと言うビルさんと買うように勧める私。
前にもあったな、と笑うとビルさんも同じ事を思い出したらしい。
揃ってクスクス笑う私達をお店の人は不思議そうに見ていた。
「こんなもんかなぁ」
「充分だよ」
通路にあるソファーで自販機で買ったジュースを飲みながら呟く。
ビルさんはきっと買いすぎだと言いたいのだと思う。
夏に二、三着で着回すなんてそんな事はさせられない。
「日本の夏は暑いんだよ」
「大丈夫。僕エジプトに住んでたんだから」
「夜も暑い?」
「夜は寒いかな」
「日本は夜も暑いんだから。熱帯夜って言われたりしてるし」
そうなんだ、と素直に驚くビルさんは子供のようだ。
いつもいつも新しい事を発見する度に思う。
きっと夏祭りとかに行けばまた顔を輝かせるかもしれない。
夏は花火大会もあるし、プールや海水浴もあるし、盛り沢山だ。
「あ」
「ん?」
「ビルさん、ちょっと此処で待っててね」
お財布だけ持ってその場を離れると真っ直ぐ売り場を目指す。
少し時間が掛かったけれど無事目当ての物を見つけた。
ずらりと並ぶ中からビルさんに似合いそうな物を選ぶ。
お会計を済ませると急いでビルさんの元へと戻る。
歩く度にカシャカシャとビニールが手の中で音を立てた。
それに自然と口角が上がり、足を動かす速度が増す。
ビルさんの姿を見つけると、一人では無かった。
女の子二人と何か話しているけれど、何やら困った顔をしている。
「あ、名前さん!」
ビルさんが私の名前を呼んだ事で女の子二人が振り向く。
二人が私を頭の上から足の先まで眺める。
その視線はけして心地良いとは言えない。
「待たせてごめんね。どうしたの?」
「この子達、何か聞きたいみたいなんだけど、言葉が解らなくて」
困ったように眉を下げていうビルさんに首を捻る。
私の話す言葉はビルさんには英語に聞こえているのだ。
解らないという事は日本語に聞こえているという事。
誰が話しても英語に聞こえる訳では無いらしい。
「あの、何かご用ですか?」
女の子達に声を掛けると声を揃えて別に、と言われた。
どうやらビルさんが一人だと思っていたらしい。
歩きながらヒソヒソと話しているけれど全部聞こえていた。
かっこ良かったのにやっぱり英語出来なきゃ無理だね、と。
その言葉に思わず私は女の子達を呼び止めた。
何か?と不審な目で見られたけれど、確かめたい。
「私、英語話してました?」
「は?話してましたけど?」
何この人、とでも言いたげな顔をして今度こそ離れていく。
どうやら私がビルさんと話しているのは英語のようだ。
けれど私は英語なんて全く話せないし読めない。
どうしてビルさんと言葉が通じるのか、不思議で仕方無いのだ。
「名前さん、大丈夫?」
「あ、うん。大丈夫」
「本当に?」
言葉が通じない分、ビルさんは余計に気にしてくれる。
大丈夫だと繰り返せば納得してくれたらしく、にっこりと笑った。
言葉の事は考えても解らないし、保留にしておこう。
(20130512)
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