窓の外を見て綺麗だなぁと呟いたら後ろから何かで叩かれる。
振り向けば先生が魚が死んだ様な目で見下ろしていた。
手に丸められた書類があり、それで叩かれた事がわかる。
「痛いよせんせー」
「お前がそのせんせーの椅子に座ってんだろ。そんなに先生が好きですか」
「うん、好き」
「はいはい退いてー」
気にする事も無くそう言われるのはすっかり慣れていて、隣に置いてある椅子に座り直すのもいつもの慣れた事。
それから、隣に座る先生の横顔を眺めるのも、いつもの事。
先生とのこの静かでゆっくりと流れる時間が大好き。
「ねえ先生」
「あー?」
「明日から夏休みだよ」
いきなりこちらを向くから驚いてしまった。
これは、"いつもの事"の中には入っていない事。
眼鏡の奥の目と視線がぶつかって、離せない。
けれど、先生は容易くそれを実行した。
「先生には関係ねえよ」
「…ねえ、先生」
「なんだよ」
「好き」
いつもよりも、少しだけ違う声音は貴方にどう響いたか。
変化なく響いたならばどれ程滑稽なんだろう。
ペンを走らせる手が止まった理由は、期待しても良いの、先生。
「先生なんて好きになっても良い事ねえよ」
こちらを向く事無く再び動き出すペン先。
「私、先生じゃなきゃ、嫌だよ」
「……どうしたの名字。熱でもあるんじゃない?」
「無い!」
思わず感情的になって出てしまった大きな声。
先生は少し吃驚した様な、困った様な、そんな顔。
「名字」
不意に、掴まれた腕は、そのまま引かれる。
目の前にネクタイ、吸い込んだ先生の香り。
「お前が、もう少し良い女になって、彼氏も作って、それでも駄目でまだ俺が良いって言うんなら、その時は先生が貰ってやるよ」
ゆっくり離れて、先生はさっさとペンを掴む。
置いてきぼりな私なんて気にもしない様子。
「ほら、早く帰れよー」
「は、い」
失礼しますと言った様な、言っていない様な。
そんなのはどうでも良い事で頭が付いていかない。
そっと腕を触ると、残る自分の物ではない体温。
(20070801) For bride march 様
温もりが未だ