そもそもは私が忘れていた事がいけない。
綺麗な物を目の前にして気分が上がってしまったのが原因。
見せたいと思った時にはすっかり忘れていた。
「そろそろ何か言いなよ。僕は気が長い方じゃ無い」
目の前の切れ長の目は苛立ちを含む。
私が見せようと思って持ってきた桜は無惨に床に散ってる。
顔の直ぐ横の壁に刺さっているのは彼愛用のトンファー。
トンファーさえ無ければキスでもしそうな距離なのに。
生憎この状況はロマンチックの欠片も無い。
「雲雀先輩にも見せたかったんです」
「へえ、そんなに咬み殺して欲しいんだ」
パラパラ、と耳元で砕けた壁が落ちる音がした。
それはトンファーが抜かれた事を意味する。
私はこのまま咬み殺されてしまうのだろうか。
来るであろう痛みを予想して目を閉じる。
しかし、いつまでも痛みは来ない。
恐る恐る目を開けると、笑顔の雲雀先輩と目が合う。
笑顔と言っても、獲物を狙う様な、そんな笑顔。
「君からキスして」
いきなり告げられた言葉に、熱が顔に集まる。
一度言われた事は実行しなければ本当に咬み殺されてしまう。
せめて目を閉じて欲しい。
言ったところで素直に目を閉じてはくれないだろう。
破裂しそうな心臓を無視し覚悟を決めて、行動に移す。
軽く触れて、直ぐに離れるつもりが頭を抑えられる。
離れた時は彼の目から苛立ちが消えていた。
「今日はこれで許してあげる」
ニヤリ、という言葉がピッタリな笑顔を浮かべてソファーに座る。
何でこの人が私の彼氏なのだろう、と思いながら桜の枝を片付ける為に立ち上がった。
(20090516)
遅桜