最後だなぁ、とぼんやり考える。
転校が決まってから今日まであっという間だった。
今日は朝から授業どころじゃなく、お祭り騒ぎ。
Z組らしく、笑いの耐えない一日だった。
この後だって誘われているから行くけれど。
その前に校舎を見ておきたくて一人でぶらぶら歩く。
毎日通っていたのに、明日からは通わない。
一人だけ先に卒業してしまうみたいだ。
教室、保健室、体育館、音楽室、国語科準備室。
扉の前に立って、指を当て音を立てる。
中からはいつものやる気の無い声。
「失礼します」
扉を開けばあの人の独特な甘い香り。
いつも座る椅子にいつもの様に座る。
見える景色はいつもと同じ大きな背中。
「先生、仕事中ですか?」
「だからな、何回も言うけど先生ってのは学校に居る間は何してても仕事中なんだよ」
動く手を止めず、聞くのが何回目になるかという言葉を呟いた。
思わず笑ってしまい、少しだけ先生が振り返る。
半分しか見えない顔のもう半分はきっと赤い。
陽が暮れていく、国語科準備室。
「お前誘われてたんじゃないの?」
「はい」
「行かないの?」
返事をしないでゆっくり先生に近付く。
先生は何を言うでもなくそれを見ている。
「先生」
「何?」
「私、先生の事好きです」
驚くでもなく、真っ直ぐ此方を見つめる瞳。
私の心臓なんて煩い位なのに。
でも、思っていたより緊張していない。
最後だから、明日からは先生に会わないからか。
ガチャンと音がして、先生の顔を見上げる形になる。
「有難う」
頭に乗せれた手と額に触れた先生の唇。
思わず抱き着いてしまった私を受け入れる先生。
もう少し、もう少しだけこの時間が続いて。
「なあ、いつか俺が先生じゃなくなったら会いに来いよ」
見上げた先生は見た事の無い笑顔だった。
(080915) For さよならは届かない 様
あと少しだけ甘えたい