「別れて欲しい」


真っ直ぐ黒い瞳に見つめられ、放たれた言葉。
なんとなく予想は出来ていたし異論は無い。
だから同じ様に真っ直ぐ見つめ返して頷くの。


「良いよ。トシ、元気でね」


笑って、後ろ手に障子を閉めた。




「お前馬鹿じゃねーの?」


話を聞いた銀髪の男はそう吐き捨てる。
まともな返答は期待していなかったけれど。
ムッとしたままブラックコーヒーを流し込む。
すっかり当たり前になってしまったブラックコーヒー。
ふと手に当たる、巻かれた白。


「多串くんの事好きなの?」

「うん」

「やっぱり、馬鹿だな」


鼻で笑いピンク色の液体を流し込んだ。
これが最善の方法だったのだから仕方が無い。
トシには、命に代えても護りたい物がある。
私だってそうだと思っているから頷いた。


「おい万事屋…名前」

「噂をすれば影ってねー」

「うるせぇ」


久しぶりに見た姿は前と変わらない。
相変わらずの姿と声でホッとした。
何か用事があるらしく、ソファに座る。
必然的に向かい合わせになった。
けれど、トシは目を合わせようとしない。
だから、私も同じ様にする。
一度呼ばれた名前が酷く懐かしい。


「銀さん、私帰るね」

「おー」


銀さんの返事を聞きながらトシを見た。
普段の顔のまま、煙草をくわえている。




「名前」


万事屋出て少し、後ろから声が掛けられた。
振り向いて確認しなくても解る、この声。


「久しぶり、だね、トシ」

「あぁ…元気か?」


頷けばそうか、と言ってちょっと笑う。
言いたい事も聞きたい事もそれなりにある。
トシもあるのだろう、会話が途切れた。
沈黙の後、口を開いたのはトシ。


「怪我、まだ痛むか?」

「少し」


答えると悲しそうな表情になる。
真選組副長となれば狙われる機会も多い。
それに偶然巻き込まれ、負ったのがこの傷。
トシは酷く気に病んでいた事は知っている。
自分のせいだと思い詰めている事も。


「また、な」

「うん、またね」


トシと別れ、自宅へとゆっくり歩く。
一つ、一つ、思い出す。
別れようと言った時トシの顔は酷く歪んでいた。
でも、自分の目が歪んでいたのかもしれない。
けれど、トシの悲しそうな目ははっきり覚えている。
だから、もう好きじゃないと言った言葉は嘘だと解った。
まだ好き。家の中には思い出が沢山。


笑顔を作り、手を振った。
トシのその顔は忘れない。




(20080817) For 彼は嘘吐き 様
彼と私の運命論
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