するりと不思議な程自然に手から滑り落ちたそれは、まるで当たり前かの様に、簡単にその形を失った。
入るのを待っていた液体はシューシューと音を立て、怒っている様だと白い煙を眺めて溜息を一つ。
仕方無く大きい破片を手で拾っていると感じる気配。
「あらら、割っちゃったの」
「はい」
「お前、手で拾ったら危ねえよ」
手を掴まれ持っていた破片は消えていき、掴まれた温度が消えた時、目の前で揺れる銀色。
ハッと我に帰り謝ると、怪我はと聞かれた。
慌てて首を振ったのを見るその顔がとても綺麗。
「ま、マグカップ一つ位大丈夫」
いつもの事。失態を許して、優しく微笑んで。
いつもの事なのに、頬に触れた指で知った雫。
一度自覚してしまえば後はほら、もう止まらない。
「なんで泣くのかな、名前ちゃん」
綺麗な親指が次から次へ溢れる滴を拭う。
いつの間にかすっかり破片は綺麗になっていた。
破片の代わりに拭いきれない滴が光る。
「今度、買いに行くの付き合ってくんない?」
「あ…はい」
「デートな」
ニッと笑い差し出された小指に自分のそれを絡める。
絡めた小指は冷たいけれど、何故か温かかった。
「銀さん」
「ん?」
「お茶淹れ直します」
「おー」
背中越しに返ってきた返事はすっかりいつも通り。
さっきまでの優しさが嬉しくて口角がなかなか下がらなかった。
(20070716)
その、優しさに