風が柔らかく吹いてスカートを揺らす。
見上げれば、葉や蕾がふわふわと揺れる。
校庭の一角、立ち並ぶ桜の木。
多分もう何日もしたらその蕾が開くのだろう。
今日には間に合わなかったけれど。
「こんな所に居たんですか」
声を掛けられても敢えて振り向かない。
今は彼の姿を見たくないのだ。
「名前」
「なあに?」
「此方を向くのが嫌ですか?」
「知ってるんでしょう?」
「ええ、知っていますよ」
鋭い彼はきっとお見通しなのだろう。
少しは理解出来ず、考えて欲しいのに。
全く、困ったものだ、と一人笑う。
「名前」
一束、髪の毛が持ち上げられる。
それでも振り向かないでいると手が伸びて来た。
振り向かせられ、視界にオッドアイが飛び込む。
「卒業が何だと言うんです?」
「私は骸先輩の彼女じゃないもの」
「そうですね」
唇が重なり、否定するでも無く受け入れる。
何度も何度も触れるだけを繰り返す。
それはとても優しく、二人の頬を風が撫でていく。
その頬に添えられた手は少し、冷たい。
満足したのか、最後に指で唇をなぞり離れていった。
「どうします?」
彼は自らの胸に付いた飾りを掴む。
外したと思えばそのまま此方に差し出す。
「おめでとう、って言って欲しい?」
「貴女は決して言わないのに聞くんですね」
飾りを受け取り、言葉の書かれた布を外す。
風に舞って高く高く飛んでいく。
「骸先輩はどうします?」
「どうもしませんよ」
ゆったり、笑って私の手から飾りを奪う。
それを私の髪に差し込み満足そうに笑った。
ふわり香る、春の風。少し気の早い春。
「帰りましょうか」
もう一度桜を見上げ、目の前の背中を追い掛ける。
隣に並ぶと珍しく、骸先輩が柔らかく笑った。
(20080306)
桜人