心臓が煩い、否、煩いなんてものじゃない。
痛くて痛くて、小ささを痛感した様な。
止まらない涙を流れるままに、拭う余裕も無い。


決して忘れていた訳じゃ、無いんだ。
両親の期待に答えなければいけない。
私はこんな所で泣いている場合じゃ無いのに。


でも、涙が止まらない。もう疲れてしまった。
帰ればまたあのがっかりした顔を見る事になる。
がっかりして、仕方が無いと言われるんだ。
私はこんなにも一生懸命やっているのに。
もう、限界かもしれない。疲れてしまった。


「名字さん?」


声が、降ってきて、でも顔を上げられない。
この声はよく知ってる。毎日聞く声。
いつも人に囲まれてる彼の声だと、すぐわかる。


「どうしたの?大丈夫?」

「…………沢田くん」

「とりあえず、立てる?」


手が視界に入ってやっと顔を上げる。
やっぱり彼で、思わず手を取ってしまった。




手を引かれたまま沢田くんの家に着いて、普段彼が過ごしている部屋に何故か座っている。
扉の前で言い合う声が聞こえているけれど、それはとても優しい空気が漂っていた。
私は知らない空気に、少しの憧憬を覚える。


「ごめんね名字さん。母さんがちょっと」


そう言って私の前に置いたのは紅茶。
温かそうな湯気は沢田くんの家を表している様。
思わず手を伸ばしてから、気付いた。
気付いたけれど、何だか言葉に出来ない。


「……お母さん、優しそうだね」

「え?あ、うん、まあ」


照れながら頭を掻く動作はいつも遠くから見るそれ。
こんなに近くで見るとは思わなかった。
温かい紅茶が喉を通っていく。


「名字さんのお母さんは、優しい?」

「…え?」

「あ、名字さんって、いつも頑張ってるっていうか、凄いなぁって思ってた。俺なんかとは違って勉強出来るし」

「…」

「な、何で泣くの?ごめん、俺傷付ける事言った?」


心配する声に首を横に振る。
涙を止めたいのに止まらなくて、次から次へと零れていく。
沢田くんは困った様にハンカチで涙を拭ってくれる。
泣きながら、沢田くんに話していた。
両親の事も、失敗をしてしまった事も。
沢田くんはずっと静かに聞いてくれていた。


「…何て言ったら良いのか、わからないけど、疲れたら、家においでよ」

「え?」

「ほら、今日は静かだけど、家普段は一杯人がいるんだ。煩くてならないかもしれないけど、少しでも名字さんの気休めになれば」


やっと、止まりかけていた涙なのに。
また止まらなくなってしまいそう。


そして彼は私の事を名前と呼ぶ様になり、
私も彼の事を綱吉くんと呼ぶ様になった。
それは、もう少し先のお話。




(20071231)
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