慣れたくもないこの感覚に、慣れるどころか敏感に反応してしまって、挙句の果てには簡単に高ぶってしまうこの熱も、自分自身の体すら本物であるのか分からなくなってしまった。

「うっ……んんっ…ぐうっ……」
「噛んだら切れちまうぜ?」

 こいつに対するせめてもの抵抗の意味で噛んでいる唇を、こいつは指先でそっと優しく撫でてきた。背中から俺を抱くこいつをふり返って睨みつけると、こいつは笑顔を返して、愛おしそうにぼろぼろになった俺の唇にキスをした。
 いっそこいつに、遊馬に心もまかせてしまえれば楽になれるのだろうが、それが遊馬の望むことなのだから余計にできなかった。
 何度も遊馬に犯されて、それでも俺がこいつから逃げないでいるのは俺の意思じゃない。
 どこへ逃げたって、この世界には俺と遊馬しかいないからだ。



 ドンサウザンドと共に俺は消滅したはずだった。なぜか俺は目を覚ますことができたのだ。その時にはもうすでに、俺はこの世界にいた。
 ここはハートランドシティであってハートランドシティではない。ここは遊馬が作った俺と遊馬しかいない世界である。
 遊馬は詳しく話そうとしなかったが、ゼアルの創造の力で作られた世界なのだろう。それならばアストラルも一緒にいるのではないかと思ったが、皇の鍵はどこにも見当たらなかった。
 俺のバリアンとしての力はどうやら失われているようで、今はただの非力な人間になり下がってしまっている。だから俺は遊馬から逃げられない、というわけではない。何度も遊馬から逃げようとした。それなのに遊馬は、なぜかどこにいても必ず俺を見つけてここへ連れて帰って来るのだ。
 それはハートランドシティから離れた遊馬も知らない様な街だろうが、入り組んだ裏路地だろうが、鍵がかかった見知らぬ者の家の中だろうが、どこにでも遊馬は現れて、そして必ずにっこりと笑って、俺の手を握り、ゆっくり歩いて遊馬の家に戻される。
 何度も何度も逃げた。でもその度に遊馬は怒ることも焦ることもなく、ただ笑うだけで、それがとても不気味だった。
 いつしか俺は遊馬から逃げる事を諦めた。どうやったってこいつから逃げる事は出来ないからだ。

「なあベクター。何考えてるんだ?」
「うあっ!」

 ふいに突きあげられて声が出た。同時に食いしばっていた唇が切れ、口の中にじわりと血が広がる。
 後ろから俺を抱きかかえて攻め立てる遊馬は、だから言ったのにと耳元で優しく呟く。耳元で話されるのはいまだに慣れない。ぞわりと鳥肌が立つと、遊馬はいつものように可愛いと言って、さらに腰を動かした。

「前に切れたところ、まだ治ってないんだから」
「んっ……あっ…あ、ぐぅっ……」
「ベクター、聞いてる?」

 不機嫌そうな声と共に、遊馬は熱を持って立ち上がっている俺の自身を強く握りこんだ。
 突然体に走ったあまりの痛みに大きく短い悲鳴を上げると、遊馬は楽しそうに笑って、中に入れたものをそのままに、今度はお互いの顔が見える体制に変えた。体制を変える時、俺の自身から一度離された手は再び俺を強く握り、再び訪れた痛みに涙がにじんだ。

「痛すぎて泣いちゃった?俺、ベクターのそういう顔すごい好き。そそられる」
「んっ……このっ、変態……がぁっ……」
「痛くされて感じちゃってるくせに?」
「ああっ!……ばっ、か…!うご、く……なあっ…!うっ……んあっ!」

 遊馬は俺の自身を握ったまま動き始めた。
 こんな行為も、最初はただ痛くて気持ち悪いそれだけの行為だったはずなのに、全部こいつのせいでめちゃくちゃになってしまった。こいつが動くたびに痛みより快感が走って腰が浮くし、こいつが触れてくるたびに、俺の体は期待したように熱くなる。
 嫌に決まってる。こんな意味のない行為なんて。でも俺はこいつから絶対に逃げられない。どこへ行ってもこいつは俺を必ず見つけるし、その度にあの笑顔の裏に隠れた不気味さが肌を撫でるのだ。
 遊馬は、俺が遊馬に抵抗しないことを分かってか、俺の腕や足を拘束しようとはしない。現に俺の腕は遊馬をつき飛ばそうともせず、ぎゅっとシーツを握って快楽に耐えている。

「んっ…んう……あっ!…お、い…!」
「はぁっ……んっ?何?……ベクター」
「手ぇっ……離せっ…!」

 遊馬の動きによってどんどん高みに追い詰められていく体は正直で、もう限界を感じ始めていた。何度も体を重ねたから遊馬は俺の変化に気づいているのだろうが、それでも俺の自身から手を離さないのはわざとである。

「ああ……このままじゃイけないよな。すっごい痛くなると思うぜ?」
「あっ!…はっ、くそっ!……だ、から…離せ……ってぇ!んっ、んあっ!」
「ベクター」

 俺の名前を呼ぶと、遊馬は動きを止めて、にっこりと笑ってこちらを見つめた。いや、笑っているように見えるが、こいつは全く笑っていない。その表情の裏にはどす黒い何かがこいつには流れている。しかしそれが何なのか、はっきりと分からない。

「ベクター」

 分かっているだろ、と言うように、遊馬は俺の名前を呼んだ。
 ああ、畜生。俺はこいつのこういうところが嫌いなんだ。

「…イ、きた……い…」
「……本当は、もっとはっきり言ってほしいんだけどな。いいよ、ベクターが可愛いから」

 そう言って深いキスをすると、遊馬は俺の自身を握っていた手を離し、今度は両手で腰を持って激しく腰を打ちつけてきた。
 乱暴にされているはずなのに、遊馬は俺が感じるところを的確に攻めてくる。快感が途切れることなく全身を走り、ただ喘ぐだけで何も考える事が出来ない。
 この行為が何度目かだとか、いつになったら終わるのだとか、そういうことは考えられず、ただ遊馬に身を預けて弾けた。



「ベクターはどうして俺を殺さないんだ?」

 いつもの行為が終わって、シングルサイズのベッドにぶっ倒れながら遊馬がぽつりとそう言った。
 俺は、俺の隣にいる遊馬がさっきどこかから創造してきたペットボトルの水を飲みながら呆れた。

「どうせ殺せないんだろ」
「おう。分かってるならいいや」

 お前はこの世界の「かみさま」だもんな。
 この世界は全て遊馬の意思でできているのだろう。だから遊馬が思いさえすれば、どこにいたって遊馬の手元や離れた場所に物質を創造することができる。俺が今飲んでいる水だってそうだ。

「お前は、なんでこんな無意味な世界を作ったんだ」

 遊馬の相棒のアストラルもいない、遊馬の仲間たちも、家族も、周り全てのものがおらず、ただ敵対している男と自身のみが存在する世界を作った理由がずっと分からずにいた。
 遊馬は上半身を起こすと、不思議そうな顔でこちらを見つめてきた。どうしてお前がそんな顔をするんだよ。不思議なのはお前の頭の方だろ。

「聞きたい?」

 にっこりと笑って遊馬はそう言った。まただ、またこの不気味な笑顔だ。途端、今まで感じてきた不快以上のものを感じた。逃げ出したい。そう思った時には遅く、俺は再び遊馬に押し倒され、両手をベッドに縫いつけられるかのように押し付けられた。

「ベクターは俺や仲間を酷く裏切ったよな。傷つけて傷つけて、仲間もシャークもみんな傷つけて。その挙句に消滅した。俺はそれが許せなかった。お前があっさり死んだことが許せなかった」

 遊馬がそう思っていることはもちろん分かっていた。俺に敵意を向けていることも、憎いと思っている事も。それが当たり前だろう。あそこまでやっていたんだ。
 でもお前が大切にしているものを奪って傷つけた俺が死んで、お前はほっとしたんじゃなかったのか。これ以上俺に壊されることはないって。そうじゃないのか。

「人は死んだら生き返らないけど、俺は一つだけ、これならできるんじゃないかって思いついたんだ。ゼアルの力ならお前を取り戻すことができるんじゃないかって」

 いよいよ俺の顔が固まった。いや、ずっと前から指一本動かせずにいたが。
 こいつはなんて言った。俺を取り戻す?なぜ。どうしてそんなことをする必要がある。ああ、やっぱりこいつはおかしい。

「ベクター、なんでって顔してる。分かんない?俺がシャークや小鳥たちじゃなくって、ベクターを選んだのか」

 分かるわけないだろ。そう言おうと思ったが、さっきの行為のせいで喉が痛んで声が出ない。仕方なく小さく頷くと、遊馬は再びにっこりと笑って急に顔を近づけて言った。

「俺は、お前を心の底から憎んで、恨んで、愛してるからだよ」

 遊馬のうっとりとした視線にぞくりと悪寒が走った。
 そしてあの不快感が俺を襲った。ねっとりとした空気が肌を撫でる。その圧迫感はいつも以上に俺を締めつけ、息が上手く出来ず、嫌な汗が全身から吹きだした。
 遊馬から目が離せない。

「簡単に死んで楽になるなんて許さない。俺や仲間が受けた悲しみと絶望以上のものをお前にも味あわせたい。でもお前に同じ方法を取ったって、お前は絶対悲しみも絶望もしないよな。だから俺さ、頭悪いけど一生懸命考えたんだ、お前が一番絶望するのは何かって。お前の上に立つやつが絶対越えられないし引きずり下ろすこともできないやつだったら、ってさ!」

 そのためにこの世界を作ったと遊馬は続けた。誰にも邪魔をされず、自分を絶対的な存在として創り上げるために。
 遊馬は幼い子供のように純粋な瞳でこちらを見て、それは楽しそうに笑っているがそんな綺麗なもんなんかじゃない。
 こいつのそれは、純粋な狂気だ。

「俺はお前を絶対に許さない。簡単には殺さない。でも人間、いつか耐えられない日が来るだろ?いつかお前から俺を求めてくるようになる日が来る。その時は、」

 ふっと、あの不快感が消えた。すっと楽になったはずなのに、俺の体は全く動かない。
 遊馬は両手を俺の手から離すと、強く強く俺を抱きしめた。

「ずっと、ずーっと愛し合おうな、ベクター」

 病んでいる、といえばまだ救いがありそうだが、こいつの場合はもう手遅れなようだ。
 ああ、こいつが望む絶望やらなんやらの前に気が狂いそうだ。



14/01/20
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