紳士の遊星に心臓が破裂しそうだ。
 まず待ち合わせ。俺が案の定寝坊して、一時間遅れて待ち合わせ場所に着いたにも関わらず、遊星は笑顔で「ここ、ちょっと跳ねてますよ」って言いながら髪を整えてくれた。遊星の笑顔のせいで顔が真っ赤になった。
 そしてチケット購入の時。テスト勉強を頑張っていたご褒美だと、チケット代を奢られてしまった。なんだか悪い気がした。
 そして今。人が多いからはぐれてしまわないようにって、手を繋いで移動している。

(普通に恥ずかしすぎだろー!)

 俺は顔が火照って赤くなっていないか心配するほどなのに、遊星は平然として遊園地のマップを開いている。
 それはつまり、遊星にとって俺はただの年下の友達ということだ。でも男友達同士で手なんか繋ごうとするだろうか。
 でも、でも、が繰り返し頭の中を飛び回る。今日は楽しみに来たのに、なぜ悩まされなければいけないのだろうか。

「十代さん、絶叫系とか乗れますか?」
「え?あ、うん」
「じゃあこれに乗りましょう。ここからだと近いです」

 遊星はきっとこういったことは苦手だろうから、俺がエスコートしなければと思っていたのに。なぜだ。今日は遊星が妙に積極的だ。
 そういえばさっきからすれ違う女の子のほとんどが遊星を見ている。たしかに遊星は外見が良い。もちろん中身もだ。身長も高いし、目を引くのは当然か。

(でも……なんかムカつく)

 ちょっとだけ繋いでいる手を強く握ってやった。


 遊園地の定番といえばこれだ。

「いやさ、定番って言ったら定番だけどよ。男二人で乗って楽しいか?」

 ゆっくりとゴンドラは上っていく。向かいに座る遊星は楽しいですよと笑顔で返してきた。
 今俺達が乗っているのは、遊園地の定番である観覧車だ。遊星と二人きりの空間が出来ることは嬉しいが、流石に並んでいるときは多少恥ずかしかった。

「結構高いですねー。あ、あれ十代さんの学校じゃないですか?」

 まるで子どものように話す遊星は、いつもの態度からは想像も出来ないものだ。本当に年上だろうかと思う。

「……なあ、なんで遊星は俺には敬語で、アキにはタメ口なんだ?俺もアキも遊星からしたら年下には変わりはないのに…。アキも遊星にタメだし」

 ふと思ったことをぽつりと呟いた。そうして気づいた。前から感じていた違和感はこれだったんだ。
 遊星の顔が一瞬固まった気がしたが、すぐ頬の筋肉を緩めて話し始めた。

「アキはデュエル同好会の後輩です。デュエル中は上下関係なんてなくなるじゃないですか。その延長ですよ」
「遊星がそんなところで器用じゃないことくらい知ってる」
「……」

 遊星は一切何も話さず、重い空気が流れ出してしまった。せっかく楽しみに来たのに、俺の些細な疑問で雰囲気を壊してしまった。

「やっぱり、付き合ってんのか?アキと」

 聞かずにはいられなかった。止めておけばと思ったのだが、口が勝手に開いてしまう。出来れば嘘であってほしいと、身勝手ながら思う。
 遊星はふっと笑うと、口を開かずにベルトについているデッキケースを開けた。

「十代さん。そういえば、俺達デュエルしたことありませんよね」

 そんなこと今は関係ないだろと言う前に、遊星はデッキの一番上のカードを裏向きで俺の前に出した。

「これが、その理由です」

 カードが何の関係があるのだろうかと思いながら、差し出されたカードを受け取り、表に返した。
 それは俺が見たことないカードだった。黄色でもオレンジでも青でも紫でもない、白いモンスターカード。

「スターダスト・ドラゴン……?」
「シンクロモンスターといって、俺の時代の最先端デュエルです」
「時代?」
「俺は、未来から来たんです」

 そう言った遊星の顔は真剣で、嘘なんかじゃなかった。嘘だったとしても、じゃあこの見たことないカードは?説明がつかない。
 聞きたいことは山程ある。でも、まず何から聞いたらいいのか分からない。それに気づいたのか、遊星から話し始めた。

「俺の時代は、ここよりも発展しています。発展しすぎたことにより、滅亡の未来へと進んでいます。あちらこちらで異常現象が起き、数万人が亡くなりました。この事態に、とある学者が言いました。『過去に戻り、事の発端である人物を抹殺しなければ、世界は滅びる』と」

 遊星はそれを淡々と語る。でも、遊星の心は落ち着いていない。俺の目を見ようともしないし、組んだ手は小刻みに震えている。

「その……事の発端の人って…?」
「……俺の、親父です」

 か細い声で伝えられた言葉に、息が詰まった。遊星の父親を、息子である遊星自身の手で殺せと言うのか。それだけではない。遊星の父親を殺すということは、遊星自身も「生まれなかった」ことになる。

「なんだよ、それ……遊星はそれで良いのかよ!そんなのっておかしいだろ!」
「でもっ……俺がやらなければ…他の皆が…!」
「お前の代わりなんていないだろ!」

 思わず遊星の頬を叩いてしまった。だって、遊星があまりにも弱々しい顔をするものだから…。そんな顔を見たくなかった。
 椅子から立ち上がったため籠が揺れ、バランスを崩して座り込んでしまった。今すぐ遊星を抱き締めたいのに、情けないことに届かない。

「……俺は、覚悟を決めてここに来たのに…」

 遊星がそう呟きながら、俺の前にしゃがみこんだ。

「貴方に出会って、生きる理由を見つけた…」

 遊星の腕が、俺の背中に回った。俺を強く抱きしめる手に込められた力は強い。だが、その腕は小さくカタカタと震えている。

「好きです、十代さん」

 その言葉を聞いた時には、俺の見る世界は歪んで見えた。


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12/12/24
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