十代から助言を受けて数日後、また友人が遊星に合コンの誘いを持ちかけてきた。それに遊星があっさり承諾すると、友人は間抜けな顔で口を開けた。
 だが店に着いて早々、遊星は帰りたいと思った。どうやら女の子が一人遅れているらしく、先に合コンは始まった。
 だが、楽しくないのだ。メンバーの女の子は可愛いと言って良いのだろうが、遊星は興味がわかなかった。ただ女の子からされる質問にただ素っ気なく答えるだけだった。

「ごめん!遅れた!」

 その声に、遊星は聞き覚えがあった。だが、ここにいるわけがないし、いられるわけがない。遊星はばっと顔を上げて向かいの席に座った声の主を見た。
 その女性は十代に似ていた。しかし、似ているがどこかが違う。雰囲気や仕草が違う。髪も綺麗なロングで、十代の跳ねたショートとは違う。

「やだなにこのイケメン!」
「あーあ出たよ面食い」
「かっ、カッコイイのは本当なんだからっ!」

 ああ、彼女は十代さんとはまるで別人だ。
 遊星は驚きで固まっていた肩の力を抜いた。彼女の笑顔は綺麗な微笑みだ。十代の子どものような無邪気な笑顔とは違う。そもそも性別も人種も違うのだ、別人で当たり前なのである。

 遊星が自己完結したところで、遊星を誘った友人がこの場を盛り上げようと先陣を切った。
 趣味や仕事や等、王道な質問時間から始まった。遊星はそれにまたそっけなく答えた。
 遊星が答えた後、向かいの女性は真逆のテンションで話し出す。

「私はオカルト大好き!」
「オ、オカルト…?」
「例えば、これ意外とみんな知らないんだよねー。人食い人魚の話」

 女性は雰囲気に合わせてニヤリと笑うと、静かに話し始めた。
 この街は昔ある国の一部であり、ここに王子が住んでいた。王子の18歳の誕生日、王子の乗っていた船は嵐に襲われた。船は沈み、船員は行方不明。でも、王子だけは浜辺に打ち上げられていた。奇跡だと言われたが、王子はこう言った。「人魚が僕を助けてくれた」と。

「それ、ただの人魚姫の話だろ?」
「人魚姫は子ども向けのリメイクよ。本番はここから」

 それから王子は度々自分が打ち上げられた浜辺に向かった。その内、一日の半分以上を浜辺で過ごす習慣がついていた。
 そしてある日を境に、王子は城に帰ってこなかった。それは王子が19歳の誕生日の話である。

「帰ってこなかった王子は人魚に食べられたって話」
「そんなのおとぎ話だろぉー?」
「本当にこの街の話よ!この街にあるでしょ!立ち入り禁止の浜辺!」

 それを聞いて、遊星は思わず店を飛び出してしまった。飛び出した足はそのままあの浜辺へと向かっていた。
 遊星の頭は混乱していた。人食い人魚の都市伝説、意味深な立ち入り禁止の浜辺、人魚の十代。途端に不安に駆られた。最後に会ったのはいつだっただろうか。十代は無事だろうか。
 気づいたときにはすでに例の浜辺に着いており、胸辺りまで水面が近づいていた。

「十代さん!十代さん!」
「んだよ、うっせぇなぁ」

 十代が浮上すると、遊星は十代を強く抱き締めた。突然の遊星の行動に、十代は目を丸くした。一緒に挟められて動かない腕をなんとか脱出させて、十代も遊星の背中に腕を回した。

「……遊星?」
「すいません……落ち着くまで…このまま…」

 波の音だけが響く。遊星が何も話そうとしない間、十代は大人しくその腕に抱かれていた。自分の腕の中にいる十代から伝わる鼓動は、確かに生きている証である。
 彼は温もりがある。人間ではないが、生きている。
 それだけでは遊星の十代に対する疑惑は晴れないはずだが、遊星はそれを自分の中で理由にしてしまった。
 遊星は自分の本当の気持ちを奥底に閉じ込め、すっと胸を軽くした。軽くなったと同時に、顔が見えるように体を離した。

「……すいません、十代さん。急に変なことしちゃって…」
「聞いたのか」
「えっ……?」
「ここの、人食い人魚の話」

 いつもは明るい十代の顔に影がかかった。その姿に、どくりと胸が鳴る。遊星がよく知っているその顔が、別人のように思えたのだ。

「人食いって……間違いじゃねーけど。……ただ、俺は寂しいだけなんだ」
「十代さん……」
「俺、ずっと一人ぼっちなんだ。家族もいない。だから……お前が側にいてくれて、嬉しいんだ」

 十代は語ろうとしないが、勘の良い遊星には分かった。何故彼が人食いと呼ばれているか。
 十代は、自然と彼と接する人間を魅了してしまうのだ。言葉にはしないが、彼は人間の心に直接彼の感情を伝えているのだろう。それが非科学的であることに、遊星は気づかなかった。

「十代さん、俺がずっと側にいます。貴方を一人にさせません」
「遊星……ありがとう…」

 なぜなら、遊星は既に十代に「喰われて」いたからだ。
 再び抱き合う二人。遊星は、オレンジと緑のオッドアイを怪しく光らせ、口角を上げる十代に気づくことはなかった。



12/12/14

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