自分で言うのも何だが、俺には大勢仲間がいる。
 仲間ということは、俺も相手もお互いを好いているということだ。でもそれは仲間意識の好きであって、それ以上の好きなんて考えたこともなかった。

「こら」
「ぐ…」
「人が教えているのに……話聞いてました?」
「…ごめん」

 彼は集中してくださいと言うと、俺の頭をつついたシャーペンで再び教科書を指しながら説明を続けた。
 不動遊星。19歳。男。
 彼が――遊星が、俺が仲間意識以上の好きを抱いている人だ。ようは恋愛感情の“好きな人”。
 きっかけは簡単。遊星がアルバイトをしているこの喫茶店で一目惚れした。
 遊星はカッコイイ。いつも無口で滅多に笑わないけど、優しいし頭もいい。出来すぎな気もするけど、遊星はそれを鼻にかけない。むしろ自傷的で欠点といえばそれだろうか。

「……十代さん?」
「はいっ!?聞いてたよ!ちゃんと聞いてたよ!?」
「まだ説明始めてませんけど」
「え……は、ハメたな遊星!」

 顔が熱い。
 勉強は嫌だけど、何より好きな人と一緒にいれる時間が好きで、ずっと遊星がそばにいてくれたらなんて、

「おい坊主、今は不動の仕事時間なんだが、不動を返してもらっていいか?」

 そんな恋する乙女みたいな思いはマスターのせいで全て壊された。
 店内に客がほとんどいないので暇じゃないのか、などと口には出来ない。マスターの顔は普通にしていても怖いのだ。カウンターの向こうから鋭い目で見られては、そんなことなど言えるわけがない。

「ご、ごめんマスター。遊星、ちょっと自力で解いてみるから仕事しろよ」
「十代さん……いてっ」
「遊星サボらないの。ついでに紅茶のおかわり」

 遊星の頭に、束になったレシートが挟まった板が飛んできて、当たった。
 飛んできた先には、一人の女性がいた。
 薔薇のように真っ赤な髪を前髪だけドリルで巻いていて、服もおなじように赤い。優雅に紅茶を飲む姿は、古汚い喫茶店には不似合いだった。
 綺麗な人だと思っていたら、その女性は俺の前の椅子に座った。

「はじめまして、私は十六夜アキ。よろしく」
「ああ、俺は遊城十代。よろしく」
「よろしく十代。遊星、紅茶のおかわりとメロンソーダフロートひとつ。あ…十代は炭酸大丈夫?」
「え?ああもちろん」
「じゃあそれで。勉強を頑張るのも大切だけど、休憩も大切よ」

 俺は教科書や筆記用具をテーブルの端へと追いやり、一先ず休憩することにした。
 アキは遊星の部活の後輩らしく、デュエル同好会という、なんとも羨ましい部活だそうだ。デュエル中は先輩後輩関係なんてなくなるため、タメや呼び捨てになることは至って普通だそうだ。
 俺の知らない遊星の話を聞くのは面白かったのだが、何か心に引っかかったまま、遊星のバイトの時間が終わった。



   *   *   *



「アキ…あんな事未だに覚えているのか…」
「いいじゃねーか。面白いんだし」
「俺は面白くないですけどね」

 すっかりオレンジ色に染まった時間。帰っても暇だから、公園でアキから聞いた話を遊星に話していた。
 無表情な遊星の顔が真っ赤になったり、焦ったり、いつも以上にころころ表情が変わる遊星を見て面白いはずなのに、俺の中では魚の小骨が刺さったような違和感が渦巻いている。

「あ、そうだ遊星。今度の土曜日空いてるか?」
「土曜日ですか?空いてますけど」
「じゃあさ、これ行かねぇ?」「遊園地?……ああ、最近出来た所ですか」
「そうそう!友達がテスト明けに行こうって言ってたんだけど、急に家の用事が入っちまったみたいでさ……」

 本当は最初から遊星と行くつもりだった。なんて女々しい。堂々と言えないのは、俺の中で遊星に嫌われたくないという気持ちがあるんだと思う。
 じっと遊星を見つめていると、遊星は軽く微笑んで俺の頭を撫でた。

「いいですよ。最近勉強頑張ってますもんね。デートしましょう」
「本当か!?というかデートじゃねーよ!」

 今回の定期テストの出来が今まで以上に良かったのは言うまでもない。


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12.06.22
※自身のブログから移動させた話のため、ブログに投稿した当時の日付となっています。

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