本当はあの後すぐ遊馬に電話してしまいたかった。でもそれじゃ駄目な気がして、メールで呼び出して直接会うことにした。次の日は土曜日で学校も休みだからちょうど良い。
 遊馬と話せるならどこでも良かった。だから、今後行かなさそうな喫茶店を選んだ。勝手ながら、今度からこの喫茶店を見る度に今回の失敗を思い出すんだろうなと思うとお店に申し訳ない気がしてしまった。
 自分から呼び出したんだから早めに行って待っておこうと思っていたのに、ばったりお店の前で遊馬に会ってしまった。別に都合が悪くなるわけでもなかったから問題ないんだけど、遊馬の顔を見ると頭が真っ白になって何から話せばいいのか分からなくなってしまった。頭の整理がつかなくって、お店に入ってからずっと無言である。すごく気まずい。

「……あのね、遊馬」
「ん?」
「えっと…」

 ずっとこんな感じだ。何から言えばいいんだろう。シャークと遊馬の間に何かがあった。シャークは私と遊馬が付き合っていると勘違いしていて、その原因を作ったのは私で、だから……。考えれば考えるほど混乱する。呼び出したくせにずっと遊馬を待たせていることに焦りを感じると余計に整理がつかない。

「花子、何かあったのか?」
「え?」
「だってさっきからずっと苦しそうな顔してるぜ?俺でよければなんでもするから!」

 遊馬はにっと笑ってそう言ってくれた。なんでこんな時までそんな笑顔を出せるんだろう。今一番苦しいのは遊馬のはずなのに。
 涙がこぼれた。ハンカチで涙を拭って止めようとしたのに、逆にもっと溢れ出てきてしまう。遊馬が慌てて大声を出すものだから、お店の中のお客さんの視線がこっちに流れてきてしまった。

「花子!?本当にどうしちまったんだよ?」
「ちょっと……!恥ずかしいから…まず座って!」

 泣いたせいで情けない声が出てしまった。余計に恥ずかしい。
 結局人の目が気になって仕方がなかったため、ドリンク代を支払ってお店を出た。別の意味でもうこのお店に来られない気がする。

「あーあ。遊馬のせいで行くあてなくなった」
「俺のせいかよ!元はと言えば花子が泣き出すからだろ!」
「誰のせいだと思ってんの!?」
「それも俺のせいなの!?」

 本当に。なんでこんなに元気なんだろう。無理してるのかな。もう吹っ切れてしまったのかな。だとしてもこのままでは駄目なんだ。
 遊馬の手を引いて今度は通学路の途中にある土手に来た。遊馬と初めて会った場所。これからその思い出を塗りつぶす場所。

「遊馬、今日は聞きたいことがあって呼んだんだ。シャークと、何かあったんでしょ……?」

 思い切ってそう言うと遊馬の元気な表情が消えてしまった。その顔を見てやっぱりと思ったけれど、それより申し訳ない気持ちがまた心を満たしていく。
 遊馬は土手に座って話し始めた。私もその横に座って静かに話を聞く。遊馬の話では、シャークは遊馬に告白したが、シャークは気持ちだけ知っておいてほしかったと言って遊馬を突き放したらしい。
 どうして遊馬を好きだと言ったのに遊馬を突き放したのか。きっと遊馬はシャークの気持ちと行動の矛盾で苦しんでいる。

「そっか、だから昨日教室に来なかったのか…」
「俺、シャークの気持ちが分かんねぇよ……なんで、あんな…分かんねぇ…」
「……ごめんね、遊馬。たぶん、私のせいなんだ」
「……え?」

 震える体をぎゅっと抱きしめながら、私は遊馬に噂のことを伝えた。鈍感そうな遊馬はやっぱりその噂を知らなかったらしい。話が前後しないように、ゆっくりとその噂が立ったであろう原因の行動も伝えた。私が遊馬の恋愛相談を受けていたことだ。
 私のせいだと分かった遊馬がどういう反応をするのか怖くって、私の声は小さくなり、体の震えも止まらなくなってしまった。でも、全部話しても遊馬は何も言わなかった。そうだったのかと呟き、沈黙が生まれてしまった。


main top