「……来ない」

 時は昼休み。皆がそれぞれのお弁当に手をつけている中、私は布に包まれているお弁当を目の前にして、手を膝の上に乗せて遊馬を待っていた。
 おかしい。いつもなら、もうとっくに来ていてもおかしくないのに。昨日シャークと何かあったことは知っている。だからこそ、来ない方がおかしいのだ。あの遊馬のことだからてっきりノロケにくると思っていたのに。
 友達によると遊馬は泣いていたらしい。もしかして良くないことなのだろうか。でも、シャークは遊馬が好きなのだ。悲しませることなんてするだろうか。もしかして、今回は私の知らない領域の話なのだろうか。
 悶々と悩んでいてもお腹は減るもので、諦めて目の前に置いているお弁当に手を伸ばした。遅いお昼は授業開始ギリギリに食べ終わり、シャークの席だけ空いたまま午後の授業が始まった。

「じゃあ教科書の……」

 先生の言葉が頭に入ってこない。元々この授業は好きではないから、普段から頭に入らないのだが。
 やっぱり遊馬が心配だ。今日の放課後に遊馬の教室に寄ろうかな。
 結局もやもやした気持ちが邪魔して、授業の内容なんて覚えられなかった。


「じゃあね花子ー」
「うん、また明日ー」

 教室で友達と別れて、一年生の棟へ走る。三学年までしかないくせに、この学校は無駄に大きい。遊馬のクラスを知らないため、急いで行って探さなければ。遊馬はもう教室を出てしまっただろうか。
 焦りを感じながら廊下を走っていると、ふと見覚えのある顔を見つけた。

「シャーク!」

 今日一日教室にいなかったシャークだった。思わず大きな声を出してしまったため、周りが少しざわついた。
 やってしまった。シャークもイラついたようで、眉間に皺を寄せて舌打ちをされた。
 でもここでめげてたまるか。シャークに会えるなんて好都合だ。遊馬から事情を聞くより、事の発端から聞いた方が良いだろう。

「シャーク、遊馬に何したの」
「あ?」
「私知ってるよ。シャークが遊馬を泣かしたこと。なんで?シャークは遊馬のこと……」
「それはお前の好奇心か?」

 ギラリと睨まれ、声が出なかった。いや、違う。シャークに睨まれたせいじゃない。シャークの言葉に思い当たる節があるからだ。
 違うと言えばいいのに、喉に何かがつっかえたように声が出ない。私が目を反らすとシャークはまた舌打ちをした。

「お前は珍しいモン見れて面白いだろうな。でも俺は本気なんだ。本気で遊馬に惹かれてるんだよ」
「そんなこと、分かってる…」
「お前に俺の何が分かる!」

 横の壁をシャークが拳で殴り付けた。激しい音が廊下に響く。その音に周りの生徒はざわつき始めた。
 それにシャークはまた舌打ちをしてうつ向いてしまった。壁を殴った方の手で作った拳が震えだす。かと思えばすぐにその拳は解かれ、シャークは壁に寄りかかって小さくため息を吐いた。

「……お前ら付き合っているんだろ…。なんなんだよテメェは…」
「――っ、」

 そう言うシャークの顔は、見たことがないくらい悲しそうな顔をしていた。去って行く背中に何も言えず、私の足も動かなかった。
 そうして気づいた。私はシャークと遊馬の恋路を邪魔していた事。私がいるべき場所はただのクラスメイトであるということ。



main top