「どうしてこうなった」

 凌牙は思わず口に出した。凌牙の後ろにいた遊馬は何か言ったかと聞き返したが、凌牙は何でもないと言って、自分の左肩を思わずさすった。
 事の発展は凌牙の油断からだった。

 放課後のことだった。学校前の歩道橋をぼんやりと歩いているところに、後ろから遊馬が声をかけた。たったそれだけのことだったのだが、凌牙はそれに驚いて足を踏み外し、階段から落ちて左肩を痛めてしまった。
 今思い出しても情けない姿だった。しかもそれを好きな相手に見られて、穴があったら入りたかった。

 その後、遊馬が責任を取ると言い出し、肩の痛みが引くまで凌牙ができない範囲のことをすると言い出したのだ。凌牙にとってはお節介以外の何物でもないのだが、遊馬の家に泊まれると聞くと目の色が変わったのは言うまでもない。

「シャーク、やっぱり肩痛むのか?」
「あ?まあ痛むが、お前が気にすることじゃねえよ」
「でも俺のせいで」
「もう思い出させるな。恥ずかしさで死ぬ」
「えっ!?わ、悪い」

 そしてふたたび無言になる。凌牙は、遊馬とひとつ屋根の下で夜を過ごせるということに内心喜んでいたのだが、

「なんで風呂まで一緒なんだ…」
「えっ!?だって片手だけじゃ頭とか洗えねぇだろ!」
「いや、無理すりゃ出来る」
「無理すんな!肩治らねぇぞ!」

 この状況は、凌牙には拷問でしかなかった。二人とも下半身にタオルは巻いているものの、裸に変わりはない。

 自分の半身が最後まで耐えたことに関心と安堵のため息をもらした。




「シャーク」

 月明かりがぼんやりと照らす部屋の中で、遊馬が言った。床に敷かれた布団で横になっている凌牙は、眠りかけた意識を戻した。

「もう寝ちゃったかな。……ごめんな、シャーク。俺のせいで肩痛めたから、俺なりに責任取ろうって思ってたけど……。やっぱり余計迷惑だったよな……好きなのに、気持ちが空回りしてばっかりだ」
「そう思うなら、俺の言うことでも聞いてもらうかな」
「ちょっ…!起きてたのかよ!」
「うるせぇ。テメェの家族が起きるぞ」

 ぐんっと、凌牙は遊馬のハンモックを引っ張った。バランスを崩した遊馬は、凌牙の腕の中に倒れ込み、そのまま凌牙を押し倒した。

「えらく積極的だな」
「ばっ、馬鹿野郎!これはシャークのせ……シャーク、肩は?」
「俺はそんなヤワじゃねーよ」
「もう治ったのか?」
「……まあ、風呂からあがった頃には」
「そうか…治ったのか。よかった」

 そう言いながら、遊馬は笑った。それだけで、凌牙にスイッチを入れるには十分だった。
 凌牙は遊馬の後頭部を掴むと、自分のほうに引き寄せて一瞬口づけた。

「んっ!」
「俺の言うこと聞いてもらえるなら、今夜は寝かせねぇぜ?」
「はぁ?馬鹿言うな!姉ちゃんも婆ちゃんもいるんだぜ!?」
「スリルがあるほうがいいだろ?」
「もしバレたら顔合わせられねぇよ!」
「バーカ。冗談に決まってんだろ。なんだよ、その気になっちまったのか?」
「うっ…お、俺は……」

 本当に冗談だったのだが、遊馬の顔が火照ってきているのが目に見えた。こんな態度を取られては、凌牙の気も変わるのは当たり前だった。
 自分の上に乗る遊馬の体をきつく抱きしめると、お前のせいだからなと囁き、遊馬の鎖骨に唇を落とした。


12.07.02 ※自身のブログから移動させた話のため、ブログに投稿した当時の日付となっています。
main top