今時下駄箱に手紙だなんて。一見すると青春の一ページなのだろうが、これはそんな淡い香りなんてしない。もっと汚くって、卑怯で、血の香りがする。

「ぎゃっ!」
「……つまらないな」

 さっきまで余裕混じりの汚い笑い声をあげていた口からは血と嘆きしか出ない。口を閉じないと舌を切るぞと言ったのに。

「畜生……天才だからって良い気になりやがって!」
「……お前達が勝手にそう言っているだけだろ」

 覚えていろと吐き捨てると彼らは逃げていった。もう顔も覚えていない。
 毎日こんな感じだ。進学校とはいえ、喧嘩をふっかけてくるやつがいるのかと思ったのは何度目か。

「おい、そこのお前」

 今日はやけに絡まれるな。そう思いながら渋々振り向いた。さっきの奴らの仲間なのだろうかとかまえたが、その必要はなかった。
 そこには上まできっちり留められた学ランを身に纏った金髪の男が一人でいたのだ。背は高く、格好いいというより綺麗な顔立ちをしている。
 男は近づいてきながら、俺の顔を指して酷い顔だと言った。綺麗なのは顔だけで、態度と口は悪いらしい。苛々をぶつけるように制服の袖で切れた口の端を擦る。すると男は俺の腕を掴んでそれを止めた。

「余計酷くなるぞ」
「……大きなお世話だ。離せ」
「先輩に向かってその口の聞き方は関心出来ないな」

 男は制服のポケットから白いハンカチを取り出すと、それを俺の口の端に軽く押し当てる。その手は優しいのに、俺の腕を未だ握っている手は力強い。びくともしない。
 視線を泳がせていると、ばちりと目が合った。手当てをされているのだからこちらを見ているのは当然なのだがそうではない。コイツは怪我をした部分ではなく、俺の顔を見ていたのだ。

「……似ているな」
「は?」
「いや、良く似ている」

 その言葉は昔から何度も聞いた。学者として有名な俺の親父と似ていると。顔も、性格も、目指すものも何もかも。俺はその言葉が大嫌いだ。俺のことを何も知らないくせに、この男も同じことを言うのか。

「親子なんだから似ていて当然だろ」
「お前の親など知らん。俺はお前の髪が蟹に似ていると言いたかった」
「……はあ?」

 馬鹿にしているのかこいつは。だが親父のことは関係なかったのかと思うと少しほっとし、冷静に俺と同じ髪型をしている親父と蟹を思い出した。
 確かに似ている。そう気づいた途端笑ってしまった。

「おっ、お前の……せいで…くくっ…はっ、ははは!」
「今度から蟹が食えなくなるな」
「やっ、やめてくれ……!ははははは!……おっ、思い出してっ!笑いが止まらな……っ!」
「ちゃんと笑えるじゃないか」

 子どもをあやすようにぽんぽんと軽く頭を叩かれた。意外な行動に驚いて笑いが止まる。いやコイツの行動より、コイツの言葉に驚いた。俺を前から知っているような口振りに。

「笑った顔の方が俺は好きだぞ、遊星」

 俺の血がついたハンカチを制服のポケットに仕舞うと、男は俺に背を向けて立ち去ろうとした。その背中に慌てて手を伸ばす。どうして手が伸びたのか分からない。伸ばした手は男の制服を掴んでいた。
 男は無言でこちらを見るが、俺自身もどうして男を止めたのか分からない為に無言の時間が生まれてしまった。

「……俺はジャック・アトラスだ」
「……ジャック?」
「先輩をつけろ一年」

 額を指で軽く弾かれる。予想以上に痛かったのだが、ジャックが俺を見て微笑んでいるのを見てそんな痛みは吹き飛んでしまった。
 それは桜が咲いて散り始めた頃の淡い香りのする話である。


13/03/03ふたばさんからの一万打リクエスト「入学初めでジャックに一目惚れする遊星の話」でした。
大変お待たせしました。申し訳ありません…!

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