遊馬は神代凌牙のことをたまに「凌牙」と呼ぶ。本人は気づいていないようだが。
 幸いそれを聞いていたのは私だけで、遊馬と神代凌牙はただの仲間という関係ではないのだろうと気づいたのも私だけだった。

「……片桐プロ」
「ん?なんだい?」
「……いえ、何でもありません」

 「片桐プロ」。私は彼をこう呼ぶし、彼は私を名前で呼ばない。いつも「君」だとか、私だけを示す言葉ではない。
 正直、遊馬達が羨ましいと思う。名前で呼び合っているだけであるというのに、なぜこんな劣等感が生まれるのか。
 彼は私の名前を覚えているのだろうか。「真月零」としての私の名前を。

「片桐、大介」

 ぽつりとそう呟くと、ドンと物が落ちる音がした。床から伝わる衝動に、何か物が落ちたのかと思って顔を上げた。
 部屋を見回す必要もなかった。先ほどまでパソコンに向かっていた彼がうつ伏せで倒れたいたのだ。倒れていたというより、椅子から転げ落ちたようだ。
 時々思うが、彼は私より年上であるのにどんくさいところがある。私なら何をやっているのかと呆れるところだが、真月零ならそうはいかない。

「だっ、大丈夫ですか!?片桐プロ!」
「えっ…あ、ははは…大丈夫だよ」

 彼はいつもと様子が違っていた。いつもなら笑って流すはずなのに、なぜかこちらと目を合わせようとしない。昨日の仕事が響いているようでもなさそうだ。昼まで寝ていたのだから当然だが。
 私が理解している彼の姿は仕事とプライベート、そして疲れが溜まっている状態。大まかは大体このパターンで回っている彼だが、今はどれにも当てはまらない。一体どうしたのか。

「……片桐プロ?やっぱり疲れていらっしゃるんじゃ…?」
「いや、そんなことはないよ。ちゃんと寝たし、身体は元気だよ」
「……」

 やはりおかしい。いつもなら子どものように扱うのだ。目を合わせて、自分の心配をする我が子に心配をかけないようにする母親のように接するのに。正直言ってこの扱いは腑に落ちないが。

「君が、」

 ずっと彼を見ていると、彼が口を開いた。私が何かしただろうか。

「れ、零が……急に大介だなんて言うから…」

 そう言って項垂れた彼は私より大きい手で自分の顔を隠したが、隠しきれていない耳は真っ赤に染まっていた。
 不意打ちで名前を呼ばれた私は、全身で感じた自分の五月蝿い鼓動のせいで動けなかった。ああ、なんて格好悪い。



訂正:「大輔」→「大介」
13/02/12
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