歩道橋の上にいた遊馬は合った視線を反らしてしまった。遊馬とは逆に階段の下にいた凌牙はそれを見てさあっと血の気が引く。一瞬だけ見えた遊馬の悲しそうな顔。その顔は何度も見たことがあった。
 遊馬は周りにいた小鳥達に用事があるから先に帰ることを伝えると、その場から駆けだした。先ほどまでいつものように騒いでいたというのに、様子がおかしいと小鳥達は話し出す。

「……凌牙?どうしたの?」
「悪い璃緒。今日は一人で帰れるか」
「えっ?ちょ、ちょっと凌牙!」

 璃緒の顔も見ず、返事を聞くこともなく凌牙は走り出した。階段をかけあがったが、歩道橋の上にはすでに遊馬はおらず、凌牙は舌打ちをした。
 階段の下から璃緒の罵声が聞こえた気がした。





 凌牙は急いで遊馬を探した。だが、がむしゃらに探しているわけではない。まず遊馬の家に行った。まだ帰っていないと遊馬の祖母から聞き、次は遊馬が行きそうな場所へ足を運んだ。初めて二人がデュエルをした場所、二度目のデュエルをした場所。カードショップは商店街とショッピングモールにあるが、今の遊馬は騒がしい場所になど行かないだろうと考えた結果、凌牙は港に辿り着いた。

「……はぁ、いた」
「……シャーク、」

 港の隅。コンテナによって死角になった場所に遊馬はいた。
 凌牙の思っていた通り、遊馬は涙で制服を濡らしていた。涙が伝った後を腕で荒々しく消し始めたのを、凌牙は優しく腕を掴んで止める。代わりに持っていたハンカチを遊馬の顔に押し当てた。

「……シャーク、女の子みたい」
「ああ?ハンカチくらい持ち歩くだろ」
「へへ。うん」

 やっと笑ったかと思えば、遊馬はシャークのハンカチをじっと見つめた。そしてまた暗い顔に戻ってしまい、膝をかかえて顔が見えなくなってしまった。
 凌牙は遊馬を抱きしめる事も肩を抱くこともせず、遊馬の隣に腰を下ろした。遊馬は膝を抱えて閉じこもり、凌牙は何も言わずに海を眺めている。たまに全く動かない遊馬を見て口を開くが、そこから声は出なかった。声の代わりに、遊馬に聞こえないようにゆっくりと大きく息を吐いた。

「……ごめん、シャーク」
「……いや、悪いのは俺だ」
「シャークのせいじゃない。俺が……我慢出来ないから…」
「……遊馬。俺は、どうすればいい」

 凌牙がそう言うと、遊馬はまた押し黙ってしまった。凌牙自身も苦しいのか、眉間に皺を寄せ、痛みに耐えるような顔をしている。
 こういったやり取りは初めてではない。時々、遊馬は凌牙を避けたり、視線を反らすような行動を取るのだ。それに気づき、今のように二人でゆっくり話す場を作るのはいつも凌牙の方である。だが事の原因を作りだすのは遊馬である。その理由はいつだって変わらない。
 遊馬は俯いていた顔を少し上げると、凌牙の制服の裾を力なく掴んだ。凌牙はその手を取ると、遊馬は制服から手を離し、今度は凌牙の手を掴む。
遊馬が口を開くと、大粒の涙がぼろりと零れた。だが、感情的になっている遊馬の口は止まらなかった。

「シャーク……勝手なことだって分かってる…分かってるんだけどよ…」
「……ああ、言ってくれ」
「あんまり…シャークの妹とばっかり、一緒にいんなよ……」

 喉の奥から絞り出された言葉を聞くと、凌牙は握っていた遊馬の手を強く握った。自分の欲望を言うことが怖かったのか、遊馬は凌牙に目を合わせられずにいる。

「分かった。璃緒と登下校するのはもう止める。これからはずっと遊馬の傍にいる」
「だっ、駄目だ!せっかく、シャークの妹が退院して、学校に来られるようになったっていうのに!」

 凌牙の提案に遊馬は大声を上げて反対する。だがその制止を聞く耳など、凌牙は持っていなかった。

「遊馬、俺はお前が大事なんだ。また俺がお前の事を放っておいて他のやつと一緒にいることでお前を苦しめてしまうなら、俺も苦しい。俺のせいで苦しむお前を見たくないんだ……」
「……シャーク」
「悪い、遊馬……。気づいてやれなくって」

 凌牙は遊馬を強く抱きしめ、肩に顔を埋めて細く息を吐いた。凌牙の身体はかたかたと震えている。それを抑え込むように力強く遊馬を抱きしめるが、その震えは治まらない。
 自分の耐えきれない我が儘のせいで凌牙を傷つけてしまった。それに気づいた遊馬は凌牙の肩を涙で濡らしてしまった。



13/02/07
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