「へぇ。馬鹿でも風邪引くんだな」
「そんな言い方ないだっ!……ゲホゲホッ!」

 苦しそうに咳き込んでいる遊馬を見て、凌牙は大声出すからだと鼻で笑った。心配する素振りすら見せない凌牙を下から睨むが、元不良相手に効果はない。マスクをつけているため、激しい咳をするとすぐに息があがってしまい、遊馬の顔は赤く染まる。
 凌牙は何も言わずに遊馬の額に手を当てた。手から伝わる熱に眉をひそめ、遊馬の額に当てていた手を今度は自分の額に当て、もう一度遊馬の額に手を当てる。

「熱はねぇみたいだな」
「うう……喉がいてぇんだよ」

 喋ることすら厳しいのか、小さな声で遊馬はそう言った。喉を摩るが、そうしたところで痛みが引くわけもない。どうやら喉の奥が痛いらしい。
 最近流行りのインフルエンザにかからなかっただけでもマシだろう。凌牙はしばらく安静にしろよと言って遊馬に背を向けた。

「えっ!?デュエルも駄目か?」
「当たり前だろ。喉痛いんだろ。大声出すな」
「で、でも卓上デュエルくらいなら…」
「必要以上に喋るな。悪化するぞ」
「今日はデュエルするって約束…ゲホッ!ゴホゴホッ!」

 凌牙の後を追いかけていた遊馬は、その場に立ち止まって激しく咳き込んだ。凌牙は不機嫌そうな顔をして遊馬の元へ戻っていく。
咳も治まりかけた時、遊馬は目の前に凌牙がいることに気づき顔をあげた。視線があったと思うと急に胸倉を掴まれ、遊馬と凌牙の距離が近づいた。
 こんなにも不機嫌な顔をした凌牙を見るのは久しぶりな気がすると、ぼんやりと凌牙の顔を見つめていると、乱暴にマスクを下げられ口づけられる。それは目を閉じることすら忘れるくらい突然で、遊馬は指先ひとつ動かすことが出来ずに硬直している。触れるだけのキスはすぐに終わったが、遊馬は未だに動けずにいた。

「無理やり黙らされたくなかったらもう喋るな」
「……シャーク…」
「だから喋るなって…」
「ここ、学校……」

 遊馬が顔を真っ赤にしながら小さく呟いた言葉に、凌牙はハッとしてやっと周りに目を向けた。ここは学校の廊下。色違いの制服を着た学生数人が呆気に取られてこちらを見ている。誰ひとりとして声を発さないこの空気がとても重々しく、凌牙にのしかかる。
 自分がしたことを思い出し、羞恥を覚えて凌牙は遊馬の手を掴むとその場から走って逃げだした。



13/01/31
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