「遊星、もう終わりにしよう」

 かつての仲間がそれぞれの道を行き、二人だけになってしまったポッポタイムで十代は独り言のように言った。久しぶりに遊星号に触れていた遊星の耳にもそれは届いており、作業をする手が止まった。
 主語のない十代の言葉であったが、遊星には何を終わらせるのか気づいたようだった。だがそれを認めたくないのか、思い違いであると思いたいのか、遊星は十代に背を向けたまま何を終わらせるのかと聞いた。

「俺、もうお前を愛せない」

 振り向かない遊星の背中を十代は眉一つ動かさず見ていた。遊星は十代が時を越えてこの時代にいると思っているが、本当は違う。十代は共にパラドックスを倒してからずっと生き、今ここにいるのだ。

「……長居したな。さよならだ」

 いつか、十代がもう人間ではないということに気づいてしまう時が来る。それに気づく前に自ら離れていくのが一番良いのだろう。そう思っての決断である。
 だが十代はどこかで遊星が止めてくれることを期待していた。だが、当の本人は振り向きもしないし、一言も発さない。過去と未来の人物の恋愛など、遊星は最初から諦めていたのかもしれない。そう自己完結した十代がガレージのシャッターに手をかけた。

「愛してないって本当ですか」

 だがすぐ後ろから聞こえた声に驚き、シャッターから手が離れた。ガシャンと派手に音を鳴らし、さらに無言の空気が重いものになる。十代は振り向かないまま、後ろにいる遊星に本当に愛せないと告げた。

「そうですか…。貴方はそれで良くっても、俺がそれを許しません」

 そう言うと、遊星は十代の肩を掴んで無理やり振り向かせそのまま口づけた。勢い任せのそのキスは乱暴で、それはキスというよりただ口の中を遊星の舌が占領しているような一方的なものであった。シャッターに両手を押しつけられた十代は抵抗するも、遊星の力の前ではびくともしない。
 口の中で荒々しく暴れる舌。指先が冷たくなるほどの力で掴まれた手首。こんなに愛のない行為は受けたことがなかった。
 十代は目の前の遊星が恐ろしく感じた。

「はっ……」
「ぶはっ!…はーっ!はーっ、……はぁっ…」
「俺は……俺が貴方を愛する限り、どこにも行かせません」

 周りが見えないくらい遊星のことばかり考えていた頃の自分が聞けば、きっと喜んだんだろうなと十代は思った。だが今は違う。あの頃は後先考えていなかった。今は遊星の元を去るという決断をしなければいけない時なのだ。遊星の言葉は十代の決心を揺るがすだけである。
 拘束されていた腕が解放されたかと思えば、今度は十代の腕ごと抱きしめてきた。それはまるで自分に逆らうことを許さないと表しているようである。

「……離せよ」
「離しません」
「俺はもうお前を愛せないって言ってるだろ」
「……できないって何ですか」

 腕を体ごと拘束したまま、遊星は十代の目を見てそう言った。無表情であるはずなのだが、目は酷く冷たい。怒っているのだろうか。だが、怒っているにしても酷く冷たくて痛い。
 その目を見ていられなくなり十代は目を逸らす。きっと遊星には嘘がばれている。本当は遊星を愛している。だが止むを得ないのだ。すっぱりと関係と感情を絶ち切らなければ、十代は遊星から離れられない。十代はそれほど遊星に依存しているのだ。

「……別に、愛してなくても愛せなくってもどっちでもいいですけれど」

 そう言うと遊星は十代を離した。その言葉は十代にずんと重しを乗せた。どちらでもいい。それは、遊星にとって今までの関係はそんなものだったと言うことなのだろうか。
 そう思った途端、十代の心はぎゅっと締めつけられた。未だに揺れ動いている自分の心が情けなく思う。遊星の為にと押さえつけていた自分の気持ちが今にも溢れだしそうになる。

「十代さんが愛せないと言うなら、また俺を愛せるように努力します」

 そこに先ほどの冷たい目はなかった。
いつもの穏やかで優しい目。愛する人にしか見せないような頬笑み。いつもの遊星がそこにはいた。
乱暴なことをしてごめんなさいと言いながら十代の手首を優しく撫でる。そうして額にキスを落とす。

「……後悔しても知らねぇぞ。馬鹿野郎」
「二度と俺から離れられないくらいに愛してあげますよ」

 今度は優しく十代を抱きしめると、愛を込めたキスを唇へ落した。



13/01/11
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