「お邪魔しまー……あれ?眼鏡?」

 遊馬の言葉に、凌牙は一瞬何の事か分からずに動きを止めた。すぐに手を顔にあて、固いものに触れた感触を確かめて納得した。チャイムが鳴るまで本を読んでいたため、眼鏡をかけていたのだ。凌牙はそれに気づくとすぐに眼鏡を外し、手の中に収めた。

「家にいる時は眼鏡なんだよ」
「へぇー。なんか新鮮」

 急にぼやける視界に凌牙は目を細くした。それでも視界はぼやけ、冷たい指先で瞼の上から目を冷やす。意味のない行動に遊馬は首をかしげるが、ずっと玄関に立っているのも妙なのでさっさと靴を脱いで凌牙の家にあがった。

「あら、いらっしゃい遊馬」
「お、邪魔するぜ。妹シャーク」
「その呼び方を続けるつもりなら、本当に邪魔者として追い出すわよ」

 温かい空気で迎えてくれた璃緒の雰囲気が一気に凍りつき、遊馬は慌てて謝った。凌牙に似て怖い女である。むしろ、昔の凌牙より怖いかもしれない。
 未だに少し不機嫌である璃緒の刺さる視線を浴びながら、二人は二階の凌牙の部屋へと向かう。何度来ても物が増える事のない部屋を見て、遊馬は迷うことなく凌牙のベッドの真ん中に座った。それに注意することもなく、凌牙も自分のベッドの上に座る。

「デュエルしようぜ!卓上!」
「ベッドの上だけどな」

 何をするか相談することもなく、二人はそれぞれのデッキケースからデッキを取り出す。
遊馬と凌牙がどちらかの家で時間を過ごすときはいつもこうなのだ。遊馬の部屋で過ごす時はカーペットの上で卓上デュエルをするが、凌牙の部屋にカーペットはなく、フローリングしかない。そのため、凌牙の部屋に来ると二人ともすぐにベッドの上に座るのだ。
二人で一緒に時間を過ごすことは多くても、やることといえばデュエルばかりである。一応恋人同士であるのだが、そういったことはあまりしない。どちらかと言えば、恋人というよりは親友のほうが近い。

「俺の先行な。ドロー」

 今の関係に凌牙が何も思わないわけがなかった。凌牙も健全な男子中学生である。恋人らしいことをしたいと思わないわけがない。だが、肝心の遊馬は会う度いつもデュエルデュエルと言い、自分もデュエルは好きであるため、ついそれを了承してしまうのだ。
 もんもんとしつつも、ターンを制しようと戦略を立てようとした。だが、自分の手札を見て右手が止まった。

「……タイム」
「ん?どうした?」
「眼鏡がねぇとはっきりみえねぇんだよ」

 どれだけ視力が悪いんだという問いに、五月蝿いと返して眼鏡をかける。少し度は低いものであるが、デュエルをするくらいならばちょうどいい。デュエルを続行しようとしたとき、凌牙は前からの刺さるような視線に気がついた。
 手札から覗くように見ると、遊馬がじっとこちらを見ていた。目線が合っても遊馬は目を反らさない。

「凌牙って眼鏡似合うよなー」
「……は?」
「いいなー。格好いい」
「はぁっ!?」

 もっとよく見たいと言うように、遊馬は手札を置いて凌牙に近づいた。不意打ちで恋人に格好いいと言われ、心臓はどくどくと五月蝿く鳴る。それを持つ凌牙は、遊馬が近づく分だけ後ろへ逃げた。

「なんで逃げるんだよ」
「なんで近づくんだよ」

 そう言いながら後ろへ下がっていると、手が壁に触れた。逃げ道を失くした凌牙を見て、遊馬は諦めろと言うようにずいっと顔を近づけてきた。
 相変わらず五月蝿い心臓とは反対に、凌牙の思考は混乱を通り越して冷静になっていた。最後にこんなに顔を近づけたのはいつだっただろうか。そういえば、最後に恋人らしい事をしたのもいつだっただろうかと、凌牙は一人で思い出にふけっていた。

「あーそうか。シャークって元々格好いいから眼鏡かけても格好いいのか!」

 とどめの一撃と言っていいほどの言葉は思い出にふけっていた凌牙の耳にダイレクトに届き、そのまま意識を遠のかせた。




「あら、今頃起きたの?」
「……璃緒…?」

 情けない声ねと言われたが、どうにも怒る気がしなかった。凌牙は、いつ寝たのだろうか、何をしていたのだろうかと頭をひねる。

「びっくりしたわよ。遊馬が助けを呼ぶから何かあったのかと思ったら、凌牙が遊馬を襲ってるんだもの」
「はぁっ!?」
「ああ、遊馬ならもう帰ったわよ。付き合うのは勝手だけど、私にまで迷惑かけないでよね」

 そう言って部屋を出ていく璃緒。そんな妹に言われた言葉はともかく、遊馬を襲っただとか、そういった記憶が全くない凌牙は一人でまたもんもんと頭を回していた。

「本当は気絶してただけなんだけどね」

 璃緒の独り言は誰にも聞かれることはなかった。


13/01/09
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