「遊星、唇荒れてる」

 その助言はすでに遅く、言い終わる前に遊星の唇は切れてしまった。ピリッと唇を走った刺激に顔を歪ませた。切れてしまった唇からは血がゆっくりと外へ出てゆき、小さな血の玉を作る。
 ポッポタイムはもともとガレージであるために、冬場は乾燥した冷たい空気があちこちから入ってくる。生活とエンジン開発にお金が飛ぶため、暖房設備や加湿器などがないのだ。
 遊星はじんわりと痛む唇を舐めて血を吸うと、何事もなかったかのように作業を再開し始めた。その行動に十代は、遊星ならばその行動を取るのも納得いくとでも言うように小さなため息を零した。だが、十代はその行動を許しはしなかった。

「こーら。リップクリームとか塗っとかないと荒れる一方だぞ」

 そう言い、十代は遊星の横にしゃがむとポケットからスティックタイプのリップクリームを取りだした。遊星がそういったものを持っていないことも知っていたのだ。しかし、スティックタイプは唇に直接塗って使うものである。人のものを借りるわけにはいかない代物だ。

「十代さん。それを借りるわけにはいきません…」
「あ?もうキスした仲なんだから気にするなよ。今更間接キスくらいキスに入らねーよ」

 照れることも恥じらうこともせず、十代は遊星の顔を手で固定し、遊星の荒れた唇に容赦なくリップを塗りたくった。めくれた唇の皮にリップが溜まることも気にしていないようだ。

「はい、終わり。後は自分で伸ばしとけよ」

 リップクリームを塗り終わると十代はあっさりとソファに戻り、さっきから読んでいたデュエル雑誌に目を通しだした。
 最近エンジン開発に忙しいため、十代と一緒にいる時間が取れないでいる遊星にとって、今の離れ方は惜しいと思うものがあった。自分が積極的にならないから駄目なんだろうなと反省し、何も言わずに作業に戻ろうと工具を手にした。

「唇荒れてるやつとキスする気なんかないからな、俺は」

 ガランと音を立てて工具を落としてしまった。遊星が顔を真っ赤にしてふり返ると、雑誌で隠れきれていない耳が真っ赤になっていた。



12/12/20

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