ジャックはいつだってそうだった。誰かに干渉する割には、深いところまで入って来ない。いつもどこかに壁を感じていた。そんなこと昔から分かっていたはずなのに、どうして俺は気持ちを打ち明けてしまったのだろうか。

「すまない、遊星」

 ほら、お前は困った顔をしている。


君が最後の恋でも構わない


 ジャックに思いを告げてからも、俺達はいつもの生活を続けた。夢を叶えるためにDホイールを作り続けた。
 そしてお前はシティへ行った。俺達の夢と俺のスターダスト・ドラゴンを「借りて」。
 俺はスターダスト・ドラゴンを返してもらう為に、再びDホイールを作り、お前と再会した。赤き竜の運命を辿ってお互いに苦しみもした。そしてダークシグナーとの対決の末、今やっと落ち着きを取り戻しつつある。

 お前はもう忘れてしまったのだろうか。俺の心がどこにあるのかを。あの頃から俺はお前に惹かれ続けている。それは今も変わらない。この思いが途絶えた事など一度もない。こんなにお前を思い続けているのに、幼少時代からの仲間だというのに、どうしてお前は俺達を踏み込ませないんだ。

「……?」

 頭がぼんやりする。瞼が重い。どうやらいつの間にか寝ていたらしい。そういえば昨日エンジン開発に根を詰めすぎたせいで倒れた気がする。起きようと思うが、体が重く言うことを聞かない。ぼんやりと高い天井を見つめていると、クロウとジャックの喧嘩が聞こえてきた。

「だから俺は大丈夫だと言っているだろう!」
「大丈夫じゃねぇって!怖いのは分かってるけどよ!ちゃんとみてもらわねぇと、素人じゃ分かんねぇモンなんだろ!?」
「誰が怖いだと!?俺が怖いわけないだろう!」
「じゃあなんで行かねぇんだよ!」
「俺の病気はどうせ治らない病気なんだ!検診に行ったって、俺の命は伸びないだろ!」

 ジャックの口から出た言葉に、激しく音を立ててソファから落ちた。その音に気付いたクロウとジャックはすぐ俺に駆け寄ってきた。動揺して顔が見られない。ジャックが病気?そんなこと気づかなかったし、ジャックはそんなこと一言も言わなかった。
 どうして俺に言ってくれなかったのだろうか。どうしてクロウは知っていたのだろうか。いつから、どうして。

「クロウ、すまない……ジャックと、二人にしてくれないか……」
 緊張で声が震える。喉から絞り出した小さな声はクロウにちゃんと届いたようで、クロウは何も言わずに俺から離れてくれた。顔を上げずに言ったためクロウの姿を見ていないが、どうやらクロウは気を利かせてDホイールで外へ行ったようだ。気を利かせすぎじゃないか。
 ソファを背もたれにしてうずくまっていると、背もたれが少し揺れた。俺が今まで横になっていたソファにジャックが座ったのだ。こんなに近くにいるというのに、やはり顔は上げられない。

「……クロウが、お前にちゃんと話せと言ってきた」

 ぽつりと、ジャックから話し始めた。それに俺は小さく頷いた。今声を出してしまえば、きっと情けない声が聞こえてしまう。ジャックは少し間を置いて、話を続けた。

「俺は元々体が弱かった。この病気は昔からのもので、この病気が治らないことも、マーサは分かっていた。お前達には言わないようにと俺から言っていたんだが、クロウには運悪くマーサとの話を聞かれてしまってな」
「……そうか」
「治安維持局にいたころは最先端の治療を受けていた。だが、それでもこの病気は治ることはなかった」
「どうして……、俺には言ってくれなかったんだ…!俺達は仲間だろう!」

 伏せていた顔を上げて、ジャックの胸倉を掴んで叫んだ。せっかく落ち着いた感情の昂りが、再び戻ってきてしまった。頬を伝う涙のせいか、ジャックの目が少し大きく開いた。
 ジャックの手が俺を引きよせ、腕の中に収められてしまった。

「お前には知られたくなかった。俺はいつ死ぬか分からない。明日かもしれないし、もしかしたら次の瞬間には発作を起こして死んでしまうかもしれない。そんなやつだと知ってしまったら、お前は俺と一緒に歩いてはくれないだろう?」
「……ジャック」

 少し体を離して、ジャックと向き合った。そして両手でジャックの頬を包むと、その頬を思いっきり抓ってやった。

「あだだだだっ!ゆ、遊星!お前ってやつは!」
「ジャック、お前は馬鹿か?今まで俺の何を見てきたって言うんだ」

 今の俺は機嫌が悪い。露骨に口をとがらせているから、それはジャックにも分かったらしく、抓られた頬の痛みに耐えながら俺と目を合わせた。目を合わせただけだというのに、久しぶりにジャックの領域に足を踏み入れられた気がした。そう思うと自然と頬が緩み、ジャックにぎゅっと抱きついた。

「俺だっていつ死ぬか分からない。明日死ぬかもしれない、次の瞬間に死んでしまうかもしれない。お前だけじゃない。みんな、いついなくなってしまうかなんて分からないさ」
「……ああ、そうだな」
「それに、俺はどんなお前だって好きだ。サテライトにいた頃からこの思いは変わったことなどないし、今この瞬間だって変わっていない」

 俺の心臓の音を聞かせる為にもっと強く抱きしめると、ジャックも俺の背に腕を回して強く抱きしめ返してきた。




12/12/11
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