きっかけは何だったか、いつからだったか。それを忘れてしまうくらい、遊馬は凌牙との距離を縮めていた。
 いつの間にか凌牙は度々遊馬の家に上がり、デュエルをしたり、ただ話をしたりと共に時間を過ごしていた。初めの頃はただ玄関先で話をしていただけのはずだった。

 いつしか遊馬は凌牙を好きになっていた。だがその思いは、告げる前に諦めるという選択を選ぶしかなくなってしまった。
 凌牙には恋人がいたのだ。それは、まるで図ったかのようなタイミングで告げられ、一度遊馬の心は涙で濡れた。しばらくは、凌牙と会う度にときめきとは違う胸の痛みに苦しめられた。しかし、遊馬は叶わない恋なら友情に変えてしまえばいいと切り変わってしまったのだ。
 それが、遊馬の最大の頑張りであり逃避であった。

 そして幸か不幸か、遊馬が完全に凌牙へのベクトルを友情へと変えた頃、凌牙は恋人と別れた。





 毎週土曜日は、必ず凌牙と遊馬の家で過ごすのが普通になっており、今日もいつものようにデュエルをしていた。だが、今日は乗り気ではないようで、お互いに顔は楽しそうではなかった。

「……なんかさ、違うことしたくね?」
「奇遇だな。俺もそう思っていたところだ」

 そうだよなーと呟きながら、お互い自分達のカードをデッキの山へ戻した。カードを戻したところで特にすることはなく、遊馬は何か遊べるものはなかったかと頭を捻らせた。

「あ!そういや最近面白い動画見つけたんだけど見るか?」

 それくらいしか思い出せず、駄目元で言ったが、凌牙はこくりと頷いた。それを見ると、遊馬はさっそく自分のパソコンを立ち上げ、動画のページを開いた。

「ほらこれ」
「へぇ」

 カーペットの上で胡座をかいていた凌牙は、立ち上がって遊馬に近づいた。しかし凌牙は遊馬の横に立たず、そのまま遊馬の後ろに立ち、遊馬を包むように机に手をつけた。そこまでならまだしも、明らかに低い位置にある遊馬の右肩に顎を乗せてきたのだった。

(……え?)

 前よりは仲良くなったとは言え、ここまで密着することなどなかった。遊馬はどくんと胸を鳴らした。もしかして、と一瞬期待したが、期待しては前のような事になってしまう。高鳴る胸を気のせいにし、緊張していることを悟られないように話し出した。

「な?面白いだろー?」
「ふっ……お前らしいな」

 耳元で聞こえた声に、遊馬は耐えられなかった。もうすでに頬同士はくっついている。それだけでも遊馬が閉じ込めた気持ちを引き出してしまうには十分であるのに、凌牙はマウスを持つ遊馬の手を上から握りしめた。そのまま平然とマウスを動かし始めた。
 遊馬には、凌牙が何をしたいのか分からなかった。





「別にいらねーのに」
「ちょっとそこまでだからいいだろ?」
「……勝手にしろ」

 いつの間にか日は完全に沈み、辺りはどんどん寒くなる。真っ暗な道を一人で帰るのは危ないと、遊馬は凌牙を送っていた。
 凌牙が今日は珍しく自転車で来た事を、遊馬は都合が良いと思っていた。時間がいくらあっても話し足りないことが沢山あるのだ。遊馬が一方的に話していることが大半であるが。

「遊馬」

 一人で話し続ける遊馬を、凌牙が呼んだ。隣にいるのだから、そんな遠くにいる人を呼ぶような声をしなくてもいいのに、と遊馬は思った。だが、そう思っている間に遊馬は横に引っ張られた。そして、凌牙とハンドルを握る凌牙の手にあっさり挟まれてしまった。

「……?シャーク?何?」
「……おら、さっさと歩け」

 本当に一体何なんだ、と遊馬は叫びたくなった。部屋ではやたらと密着したり、少し前の時は落ち込んでいるのかと思ったら急に抱きついてきたり。何度期待してしまい、何度その気持ちを沈めてきたか。
 だが、今の遊馬はもう気持ちを抑えることなど出来なかった。

「シャークっ!」
「うぉっ!?」

 ぐるりと体を半回転させ、遊馬は凌牙に向き合った。突然至近距離で大声を上げられ、凌牙は少し肩を跳ねさせた。
 気持ちを伝えようと勢いをつけたものの、遊馬は凌牙の顔を見て完全に頭が真っ白になってしまった。胸がどくどくと五月蝿く鳴り響き、思考の邪魔をしてくる。

「えっと……シャークは……っ、…あの…」
「……何?」

 いつもと違い、柔らかな雰囲気を出して微笑んだ凌牙を見て、遊馬の心臓は一瞬止まった。本当に自分は死んだのではないかと錯覚した。
 遊馬の頭は完全にオーバーヒートしてしまった。

「シャークは俺の事好き!?普通!?嫌い!?」
「……ふっ…はっ、ははははははは!」

 遊馬の口から出た言葉に、凌牙は本人を目の前に大声で笑った。遊馬はそれにショックを受けることはなかったが、あまりにも凌牙が笑うものだから逆にむっとしてしまった。

「なっ、何だよ!」「いやっ……だ、だって……ふはっ……はぁー…」

 凌牙の笑いがやっと治まり、遊馬と目があった。

「で、シャークは……っ」

 続く言葉は凌牙に奪われた。本当にこんなことなんてあるのかと、遊馬の頭は意外と冷静だった。
 胸の鼓動は変わらず激しく動いている。目の前の紫の髪と近所の風景、背中に回されている腕の感覚。凌牙にキスされていると気づいたのは、かなり経ってからであった。
 一度離されたが、お互いに何も話そうとはしなかった。今度は静かに、二人同時に顔を近づけて口付けた。
 こんなことなら普段からリップクリームを塗るべきだったかと、遊馬は心を満たしながらそう思ったのだった。



12/11/29
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