※学パロ

 いつも遠目から見てるだけだった。

 少し大人びた茶髪の彼はいつも俺の隣車両の隅に立っている。場所も車両も同じで、俺もいつも彼が見える場所に立っている。
 顔は見れないが、なぜか目が離せなかった。

 彼はいつも赤いヘッドフォンをしている。彼には赤がよく似合う。
 どんな曲を聞くのか、どんな声をしているのか、どんな人なのか。
 日に日に彼への興味は強まっていくばかりだった。

 彼とは制服が一緒なのに、学校で見かけたことがない。当然降りる駅は一緒なのだが、降りる人が多いため、いつも駅内で見失ってしまう。
 そんなに彼が気になるなら、彼が乗っている車両に乗って、ぴったり後ろを着いて行けばいいだけの話なのだが、なぜか俺にはそれが出来なかった。窓ガラス越しに毎朝見るだけでは足りないはずなのに、それ以上彼に踏み込めない。

 胸が痛かった。




「それ恋だって先輩」
「え……?」

 意外な答えに、手札を地面にバラバラと落としてしまった。
 手の内がバレてしまうだとか、カードが汚れてしまうだとか、そんなことは頭にない。後輩の遊馬に言われた一言にしっくりきてしまったことが問題だった。
「遊馬、恋とはどんな効果なのだ?」
「恋ってのは、誰かを特別だって思うこと――俺はゴブリントバードを召喚!」
「フム……なら私は遊馬を特別だと思うが、これが恋というのか?」
「ゴブリンドバードの効果発動!このカードが召喚に成功したとき、手札からレベル4以下のモンスターを特集召喚する!来いガガガマジシャン!――違う違う。それは多分大切な人って事じゃね?恋っていうのは例えばキスしたいとか……」
「ち、違う!俺はあの人とキスしたいだとかっ、そんなことおもっ、思って……」
「遊星先輩って照れ屋なんだな。――俺はゴブリンドバードとガガガマジシャンをオーバーレイ!二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!エクシーズ召喚!No.39希望皇ホープ!」
「恋とは難しいな」

 デュエルは俺のショートによって中断された。


  *   *   *


 気づけば保健室にいた。
 自分の彼への興味が恋だと明確し、鼓動が酷く激しくなって倒れたところまでは覚えている。遊馬には迷惑をかけたに違いない。
 上半身を起こしたところで、急にカーテンが引かれた。夕陽が俺の目を刺激し、思わず目を瞑る。目を慣らしてから見て驚愕した。
 大きなブラウンの瞳に跳ねた茶髪。首には俺が良く知る赤いヘッドホン。間違いなく、あの彼だった。

「あ、ああ…」
「あ、起きたか遊星」
「はっ?はいっ」

 声が裏返り、恥ずかしくなって顔を布団に埋めた。最悪だ。俺は前から彼のことを知っているが、彼は俺のことなど知るわけがない。
 途端に疑問が浮かんだ。なぜ彼は俺の名前を知っているのか。
 ぱっと顔を前に向けると、彼はふっと微笑み、近くの椅子に腰かけた。

「君と一緒にいた子がさ、泣きながら俺の所に来たんだよ。遊星先輩が倒れたって」

 なるほど。遊馬がそう言っていたなら、彼が俺の名前を知っていることにも納得がいく。
 彼も自分の事を知っているのではという期待をしていたため、勘違いをして少し恥ずかしくなった。

「……あ、悪い。俺もう行かなきゃ」
「あ、あの……」

 名前を聞く前に、彼は保健室の窓から去ってしまった。
 それと同時に、保健室のドアが開かれた。

「遊星先輩ー。起きてますか?」

 カーテンの影からひょっこり顔を出したのは遊馬だった。そして、開いている窓を見て眉毛を潜めた。

「あ…さっき俺を運んでくれた人がそこから…」
「え?シャークが?」
「え?凌牙が?」
「俺ならずっと遊馬といましたよ」

 遊馬の後ろから、今度は凌牙が顔を出した。
 つまりどういうことだ?俺を運んでくれたのは凌牙で。ということは、あの人は遊馬に頼まれたわけではなくって。

「遊馬……赤いヘッドホンの人を知らないか?」
「赤いヘッドホン?」
「ああ、それなら十代先輩のことじゃないか?」
「シャーク知ってんの」
「サボるときによく屋上で見る」

 凌牙に詳しく教えてもらおうとしたが、凌牙も名前しか知らないらしい。遊馬も知らない。凌牙も詳しく知らない。ではなぜ、彼は遊馬に泣きつかれたと言い、俺の名前を知っていたのだろうか。

「……なんだったんだ?」
「……?遊星先輩、胸ポケットに何か入ってる」

 遊馬に言われて、自分の制服を見た。そこには白い紙が覗いていた。
 自分は胸ポケットに何も入れないのに。2つ折りにされたそれを開いて、心臓が大きく跳ねた。顔に熱が集中するのが分かる。それを見られたくなくって、布団に顔を埋めるしかなかった。
 明日から、電車越しに彼を見ることができないじゃないか。

『ずっと前から好きだった 遊城十代』



12/11/24
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