※アストラル消滅設定

 雨が窓を叩く音が、やけに大きく聞こえた。大雨というわけではなく、さあさあと降る雨でさえ、遊馬には騒音のように聞こえるのである。心に穴が開いたと同時に、ずっと入れていた耳栓が外れてしまったようだ。
 雨音はずっとお前の声のせいで聞こえていなかったのに。
 ハンモックに揺られながら、遊馬は目を閉じることなく、月灯りによって光るペンダントを見つめ続けた。




 遊馬の様子がおかしくなったのは、ここ最近の話である。凌牙はそれに気づいていたし、原因も分かっていた。凌牙には見えないし聞こえない、アストラルが消滅したからである。
 クラスメートの前ではいつも太陽のような笑顔を見せているが、遊馬は未だあの時から動けずにいる。たまに、何もないところをぼんやりと見ていることがあるのだ。その姿は、凌牙の心を締め付けた。それはアストラルを失ってしまった遊馬に対する同情ではなく、自分を見てくれないという現実を目の当たりにしてしまうからだ。

「遊馬……」
「聞いてくれよシャーク。アストラルのやつ、朝からどこにもいねぇんだ」

 続けてアストラルの小言を言いだした遊馬に、凌牙は顔を歪ませた。自分が好意を寄せている人物は、全くもって自分を見てくれないのだ。仲間とし か見ていないのだ。それどころか、彼は完全に立ち止ってしまっている。

「遊馬、かっとビングはどうした」
「え?なんだよシャーク。急にどうしたんだ」
「いいから!お前はいつだってそうだっただろ!どんな無茶な壁だってお前は壊してきただろ!」
「はぁ?何言ってんだよ。どうしたんだよシャーク。お前おかしいぜ?」
「おかしいのはお前だろ!」

 遊馬の肩を強く掴み、凌牙は強引に遊馬に目を合わさせた。一瞬合った視線は、またふらふらと宙を漂う。まるで目の前に凌牙が居ないかのような振る舞いである。小さくアストラルと呟いた遊馬に、凌牙はとうとうきれてしまった。
 遊馬の首にかかる紐を、容赦なく引きちぎったのだ。その行動に、遊馬は一瞬息が止まった。そして、人が変わったかのように急に喚きだした。涙が頬を伝い、至近距離にも関わらず大声で返してと叫びながら、凌牙の手に腕を伸ばす。

「返してくれ!シャーク!アストラルが!アストラルが!」
「目を覚ませ!これはお前の皇の鍵か!?良く見ろ!」

 頭上に上げていた手を遊馬の目の前で広げた。そこには、逆三角形に折られた金色の折り紙があった。遊馬は分かっていたのだ。自分が身に着けていた皇の鍵はとうの昔に粉々に砕け、風がどこかへ飛ばしてしまったことを。
 それを思い出してしまったのか、遊馬は凌牙の手から『皇の鍵』を奪うと、泣きながら崩れ落ちてしまった。まるで赤子のように感情を垂れ流して泣き叫ぶ遊馬を前に、凌牙は何も出来ずにいた。
 アストラルだけを求める遊馬に、求められていない凌牙が抱きしめたところで遊馬は歩み出さない。凌牙には胸を痛めることしか出来ないのだ。
 急に、ぴたりと遊馬の叫びが止まった。するとすぐに遊馬は立ち上がり、またいつもの太陽のような笑みを凌牙に見せた。

「聞いてくれよ!アストラルのやつ、最近勝手にどこかに行くんだ!」

 無邪気に笑う遊馬は、未だ立ち止っている。歩み始める事はもうないだろう。
 ただただ静かに胸を痛める凌牙は、俯いて足元ばかり見ている遊馬を、何も言わずにただじっと見つめて涙を流すほかなかった。



12/11/20

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