※死ネタ注意 最初っからそういうことになるって想像はしていた。 覚悟も出来ていた。 そのはずだったのに。 「泣かないでください、十代さん」 「……泣いてねーよ。ばぁーか…」 いくら顔を背けたって、鼻をすする音でバレている。分かっているが、こんな酷い顔を見せられない。 不安から逃げたくって、安心を掴みたくって、ぎゅっと遊星の手を握った。だが、もう昔のように握り返してはくれない。皺だらけの手からは、弱々しい力しか感じられず、さらに現実を目の当たりにして涙が止まらなくなった。 「十代さん……。顔をあげてください…」 「だって…俺…」 「最後に、貴方の顔を見せてください」 「最後だなんて言うな!」 さっきまで遊星の手を握っていたはずなのに、手の中には何も残っていない。ぼんやりと自分の手を見つめていると、医師に肩を軽く叩かれた。 お孫さんですか?という問いに、俺は何も反応しなかった。むしろ、そんな余裕なんてなかった。 今まで何度も大切な仲間が老いて死んでいくのをひっそりと見てきた。老いなどなくなってしまったこの体では、仲間の最後を間近で見られることなどない。この目の前の医師のように、孫かと聞かれたりするのだ。こんな「若造」が今亡くなった人の友人です。だなんて言えるか。 いつしか、仲間が死んだ瞬間にすら立ち会わなくなった。だから久しぶりなのだ。愛する人を失くした瞬間を味わったのは。 こういう時はどうすれば良かったのだろうか。 俺は、泣いただろうか。 俺は、悲しみを堪えただろうか。 俺は、俺と一緒に歩いてくれてありがとうと言っただろうか。 きっと俺は生きすぎた。もう何百年も生きた気がする。もう十分だろうか。きっと遊星が最後の最高の恋であった。それに、もうこの世に仲間はいない。今、俺はひとりぼっちなのだ。 いつの間にか俺と遊星だけになった病室。医師はどこに行ったのだろうか。しかし好都合だ。いつもフルーツを切る為に使っていたナイフを鞄から取り出した。錆びないようにといつも洗って清潔にしていたからか、ギラリと光ったナイフにはっきりと自分の顔が映った。酷いくらい無表情である。これが、経験を積み重ねた結果、痛みに鈍くなった人間の顔か。 「遊星、ちょっとだけ待ってろよ。寂しい思いはさせねぇから」 まだ少しだけ温かい遊星の手を握った。その手はもう俺の手を握り返してはくれない。ナイフを持った手を、迷うことなく自分の心臓に突き刺した。 鋭い鉄の塊は皮膚を貫き、肉を裂き、骨の隙間を上手く通って中心に穴を開けた。何度も突き刺せば遊星の元へ行けるだろうか。激痛に耐えるために歯を食いしばり、勢いよくナイフを引き抜いた。そしてもう一度、とナイフを突き刺そうとして、止まった。 「なん……で…」 血が出ていない。それどころか、ナイフで開いた服の穴からは綺麗で健康的な肌が覗いていた。ナイフを床に落とし、開いた服の穴から指を入れて探るが、肌に穴など何処にも開いていない。 どうして。確かに痛みを感じたし、自分の中に鉄の冷たさを確かに感じたはずなのだ。 これでは、遊星の元に行けないではないか…。 「……どうして、どうして死ねないんだよ…」 『十代……』 「どうやったら死ねるんだよ……なぁユベル…俺、どうやったら死ねるんだ?」 『……すまない、十代。君は、人間じゃない。でも、精霊でもない。それは分かっているね。生物でもなく精霊でもない君の体は……もうとっくの昔に死んでいた。生きているのは、魂だけだ』 半透明の半身から淡々と告げられた真実に、俺は何が何なのか理解できなかった。体はすでに死んでいる。なら、生きている俺の魂を殺してしまえばいいのか。でも、どうやって。そもそも魂ってどこにあるんだ。 「ユベル……?お前なら俺を殺せるか…?」 『……君はいつまでも馬鹿じゃないんだね』 「頼む……遊星の元に連れて行ってくれ…。俺は、もう十分すぎるくらい生きた…」 さっきより冷たくなった遊星の頬を撫でた。生きていたときに最後に交わした言葉は最悪だった。あっちで会えたらもう一度必ず言おう。 「愛してる、遊星」 12/11/14 main top |