遊星が真面目な顔で十代に好きだと言い、付き合い始めたのはまだ新しい記憶である。付き合いたてのカップルというのは、友達であった時と比べてぎこちなくなったりだとか、ちょっとしたことで顔を赤らめたりなど、そんな見ているこっちが恥ずかしくなるようなものであると十代は思っていた。
 その為、目の前の予測していなかった状況を理解することが出来なかった。
 床に詰まれた本の山。その中に、十代の恋人である遊星は埋もれていた。前までは機械を相手にしていたのに、今度は本が相手であるようだ。本を読むということは一般的には良い事に入るが、この場合は遊星が読んでいる本に問題がある。
 いわゆるボーイズラブというジャンルのものだ。漫画から小説、さらにはどこから見つけてきたのだろうか直筆論文まで。それを無表情で真面目に読み続けている遊星に、十代は声をかける他なかった。

「……何してんの」
「十代さん、おはようございます」

 物事に熱中すると周りが見えなくなる遊星が珍しく顔をあげて反応した。しかし、目線はまた手元の本へと戻り、再び静かな空気が流れ出した。
 そんな遊星の態度が勘に触った十代は、わざと靴音を響かせながら遊星へ近づくと、遊星から本を奪い取った。再び目線が合った遊星に対し、十代は普段滅多にしない仏頂面を見せる。流石にいつもと何かが違うと悟ったのか、遊星は何度も瞬きをして小さく十代の名前を呼んだ。

「じゅ、十代さん……?」
「俺は何してるんだって聞いたんだけど?」
「あ、これですか?これは勉強です」

 辺りに散らばる本の中から一冊手に取って、遊星は戸惑うことなくそう言った。十代がまたもや遊星の意味のわからない行動にあっけに取られている間に、遊星は手に持っていた本をまた読み始めた。遊星の回答を聞いてもさっぱり理解出来なかった十代は、またもや遊星から本を奪い取り、遊星の興味を自分へと向けさせた。

「ちょっと待て。一度俺と話をしろ遊星」
「はい。何でしょう」

 遊星は手を膝の上に置き、じっと十代の目を見つめ出した。これでまた会話が途切れることはなくなったが、今度は逆にやりづらくなってしまった。
 十代は一度遊星から視線を外し、頭の中を整理してからまた遊星に向き合った。

「まず、勉強って何。何のためにBLの勉強してるんだ?」 
 
 一度は混乱した頭だが、直感で物事を言う十代にしては言いたいことを抽出出来た言い方である。
 問われた遊星は、そんなことですかと返すと、ぎゅっと十代の手を握った。

「十代さん、俺はあなたが人生で初めての恋人なんです。初恋の人なんです」
「お、おう…。なんだか悪いな、お前の初恋奪っちまって…」
「それは良いんです。むしろ本望です。で、俺は恋愛に関しては何にも知りません。経験豊富な十代さんに似合う男になろうと、こうやって勉強しているんです」
「遊星……」

 そんな事を考えていただなんて、遊星は本当に真面目な馬鹿なのだと思い、十代は思わず吹き出してしまった。
 トンでもな理由を聞いて思わず笑ってしまったが、こうやって自分の為に努力してくれている姿を見ると、自分は愛されているのだなと実感し、十代は遊星の頭をぽんぽんと軽く叩いた。そんな様子を見て、遊星は何が可笑しいのかと不思議そうな顔をした。

「遊星、そんなことしなくたっていいんだぜ?好きだって思う気持ちは心で感じるものだろ?そんなの、いくら頭で考えたって無駄だぜ!」

 恋愛は勉強して分かるものではないと主張するかのように、十代は遊星を本の山から引っ張り出した。勢いを付けすぎて、十代は遊星に押しつぶされるような形で床に倒れてしまった。重さに顔をしかめたが、幸せに顔を緩ませ、寝転んだまま遊星を強く抱きしめた。

「ぎゅーっ」
「す、すいません十代さん!すぐ避けますから…」
「やだー。こうやって遊星とくっついてるだけで幸せなんだから」

 十代はそう言って無邪気な笑顔を遊星に見せた。好きな人が自分の腕の中にいることが、幸せで仕方がないというような笑顔に、遊星は顔が赤くなった。赤くなった顔を隠すために、遊星も十代の背に腕を回して肩に顔をうずめた。
 そんな遊星を見て、幸せで胸がいっぱいになった十代は、もうひとつ言うべきことを思い出した。

「経験豊富って言い方はやめろ。何か誤解を招くから」

 それに対して、遊星は一言だけ返事をした。これは聞いていないなと思い、遊星の頭を思いっきりぐしゃぐしゃに撫でまわしてやった。



12/11/07
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