「小鳥、これを持っていてくれないか」
「でも、アストラルがいないとホープが…」
「アストラルは誰にも渡さない。あいつを守ってやれるのは、俺だけなんだ!」

皇の鍵を小鳥に差し出す遊馬の真剣な顔に、小鳥は次の言葉が出なかった。
大切な守るものを前にした、こんな目をした遊馬を見たことがない。
小鳥が遊馬へかける言葉を見つける前に、遊馬は璃緒の病室を飛び出した。

「遊馬!」
「待て!俺も!」

凌牙が遊馬の後を追いかけようと駆けたが、それは右手から伝わる弱々しい力に防がれた。
自身の右手の先を辿ると、そこには双子の璃緒の手があった。
身体も精神も弱っている中、璃緒は残っている力で凌牙の手を握る。その手は、カタカタと震えていた。

「璃緒…」
「遊馬…」

二人が呼んだ人物からは、何も返ってこなかった。



『事後報告』



「凌牙…そんなにあの子が大事…?」

璃緒がそっと口を開いた。凌牙は璃緒から言われた言葉に一瞬戸惑いを感じた。
凌牙にとって遊馬は仲間であり、自分を泥沼から引きずり上げてくれた恩人であり、大切な恋人でもある。もちろん大事な人である。だが、璃緒が言っている事は「自分より大事か」という事であった。
比べることなどできない。凌牙には、どちらかを選ぶことなどできなかった。

「凌牙は、あの子はデュエルが弱いから心配なの?」
「えっ…?」
「デュエルが弱いあの子の代わりに、強い自分がデュエルしようって思ってるの?」
「違う!遊馬は弱い奴なんかじゃねぇ!」

凌牙は思わず牙を剥いた。遊馬を侮辱したことは、たとえ双子といえども許すことが出来なかった。
しかし、大事な双子を傷つけるわけにはいかない。凌牙は静かに気持ちを落ち着かせようとした。
そんな凌牙を置いて、璃緒は淡々と話を勧める。

「じゃあ、あの子は凌牙の何なの?」

凌牙は一瞬ドキリとした。まるで、凌牙が言うことが既に分かっているかのような調子であった。
璃緒に遊馬との関係を隠してきたのは、もちろんこれが「普通の恋」ではないからだ。しかし、いずれは話さなければならないことである。凌牙は、ゆっくりと話始めた。

「……遊馬は、落ちぶれた俺を救ってくれた。あいつは馬鹿みたいに真っすぐで、人の事ばっかり心配して、自分の危険なんてなんにも考えてない。俺が何度深い海に落ちたって、あいつは素手で俺を引き上げようとしてくる」

そっと、凌牙は胸の真ん中に触れた。カイトとの戦いで魂を奪われた時、ナンバーズに取りつかれた時、トロンに記憶を操作された時。どんな時だって、遊馬は遊馬のまま凌牙とぶつかり、地上へと引き上げ、あの太陽のような笑顔をくれた。

「俺は、遊馬のそんなところに惚れたんだ」
「そう。良い人ね」
「…え?」

璃緒はさきほどの弱った様子とは打って変わって、元気そうな笑みを見せた。
璃緒がくすくすと笑っている間、璃緒が自分達のことを受け入れてくれた事と、璃緒の容体の急な変化についていけずにいた。

「……凌牙、あの子のところに行くの?」
「……ああ」
「うん、そっか…。いってらっしゃい」

そっと璃緒は凌牙を掴んでいた右手を離した。凌牙がでも、と口にすると、璃緒は私は大丈夫だからとほほ笑んだ。




小鳥と璃緒だけになった病室は広く静かだった。小鳥はずっと皇の鍵を握りしめ、そわそわと落ち着かない様子だった。

「小鳥さん、だったっけ」
「え?は、はい」
「ちょっとだけ、泣いてもいいかな」
 
胸の内に渦巻くものは、気休めの涙で包帯濡らすことしかできなかった。



12.10.07 ※自身のブログから移動させた話のため、ブログに投稿した当時の日付となっています。
main top