最近どこにいても視線を感じるなど、誰にも言えるわけがなかった。

 学校でも、帰り道でも、自室でも。挙句の果てには風呂やトイレまでときた。
 アストラルなわけがない。アストラルと話している時も、そのねっとりとした視線を感じることがあったのだ。

 流石にここまで来ると気味が悪いのだが、この感じている視線がもしも勘違いだったら……と思うと、周りに迷惑はかけられない。
 月日が流れるばかりだった。





「なんだよこれ……」

 知らないアドレスからメールが届くようになった。それには盗撮された写真のデータと、本文に前日の俺の一日が事細かく書かれているのだ。
 何時に目覚めたか。誰に挨拶したか。体育のサッカーでは誰からパスをもらい、誰に回したか。など、おぞましい記録がつらつらと並ぶ。
 そして最後の一行はいつも決まった言葉。

「『お前を愛している。ずっと見守っているよ』」
「うわぁっ!シャ、シャークびっくりさせんなよ!」
「お前も耳元で叫ぶな。これ、ラブレターじゃねぇの」
「うん……まぁそうなんだろうけど…」
「嬉しくねぇのか」
「だって……差出人の名前がねぇんだぜ?」

 読んだだけではあるが、シャークの口から「愛している」と聞いて胸がドキドキしている。なんなら写真のことも言っておけば良かった。シャークなら、俺のことを守ってくれるかもしれない。

 シャークからの愛の言葉なら何度だって聞きたいのに。





 家に着いたら、どこもかしこも真っ暗だった。月明かりを頼りにリビングの電気を付けると、テーブルには夕飯と置き手紙。どうやら、二人とも同窓会らしい。
 とてもじゃないが、夕飯を食べる気にはなれなかった。今でも視線を感じるのだ。どこから、誰が。24時間ずっと……。
 途端に恐怖が襲った。気が狂いそうになる…。早く、誰か…一人にしないで……!

「遊馬!」
「ひっ……はひっ…」
「落ち着け。過呼吸だ。これを口に当てて息をしろ」

 シャークから貰った紙袋で、なんとか呼吸が整った。それでも胸のもやもやはなくならず、シャークに抱きついてしまった。

「シャーク……ごめん…」
「全くだ。お前はもっと人を頼れ。一人が寂しいならそう言え。すぐに来てやる」
「うん…」

 あれ。そういえばなんでシャークはここにいるんだ?
 ああそうか。俺が過呼吸になったからか。
 俺ってシャークに連絡したっけ?

 急に恐怖がぶり返してきて、ばっとシャークから身を離した。

「遊馬…?」
「シャーク…?お前、なんで俺が過呼吸だって……」

 シャークはいつもの無表情でこちらをじっと見つめていた。途端、にぃっと口角を上げ、シャークは笑いだした。いつもとまるで違うシャーク。今すぐ逃げ出したいのに、足がまるで言うことを聞かない。
 床につけていた手を強引に取られ、シャークの腕の中に引っ張られた。

「ちゃんと証拠を見せなきゃな。お前はまだちゃんと信じてないだろ?」

 紙袋からばさばさと音を立てて出てきたものは、写真。写真。写真。写真。写真。俺の写真。全部俺だった。
 学校、家の中、帰り道。更には休日まで。

「遊馬、お前が好きだ。お前を愛している。ずっと見守っているよ……」

 大量の写真に埋もれながら囁かれた愛の言葉は、俺が望んだものではなかった。


12/10/17

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