05
クローゼットからそっと出ると、私と青峰君は深く息を吐いた。緊張がほどけ、全身から力が抜ける。
「んだよあれ……」
「あの声聞こえた?羨ましいとか言ってたの」
「あんたに聞こえたんだから俺にも聞こえたに決まってんだろ」
眉間に皺をよせながら青峰君は言う。
その顔には疲労の色が窺える。お疲れ様。
それにしてもあれは一体なんだったのか。
気味が悪いにも程がある。
あの言葉も何故ジョニーに向かってそんな事を。
いや、今はそれよりもこの部屋から出て出口を見付けるのが先だ。
こんな場所さっさとおさらばしたい。
「とにかく鍵を探す手間は省けたんじゃないかな」
「多分な。そういやあんた、大学の帰りだったんだよな?」
「うん。唐突にどうしたの」
「自転車以外に持ってるもん、どうしたんだよ」
「ああ!?そ、そういえば……」
いきなりこんな事になってすっかりバッグの存在を忘れていた。あの中には財布やら携帯やらの貴重品も入っている。
盗まれたらどうしよう……!
「まじかよ。えっ、まじかよ。マイバッグ……」
頭を抱えたい衝動に駆られながら顔を歪めると、そこで私も気が付く。
「青峰君も手ぶらだよね」
「バスケットボールとスポドリと携帯を持ってたはずなんだけど無くてよ。まああの道に落ちてるとは思うけどな……」
「そっか。じゃあ私の荷物もそうなんだろうね」
あれ、それならどうして自転車はあるんだろう。
んんー、まあ考えても仕方ないか。
とにかく今はこの部屋から出る事を優先しよう。
「あ、ジョニー……」
この部屋の外がどうなっているか分からないが、家具やら本が好き放題散乱している中で自転車を押していくのはちょっとなあ。
なんかの拍子にパンクしたら困るしね。
「自転車は諦めろよ。出口見付けたら取りに戻ればいいだろ」
その取りに戻る間に何かあったらどうすんのさ。
とは言ったものの流石に諦めるしかなさそうだ。
「うう、ごめんなジョニー!出口を見付けたら絶対取りに戻るからね!」
相棒に一時の別れを告げると私達は扉の前まで行き、ドアノブを捻る。
「!開いた……!」
キイと音を立てて開く扉。
良かった良かった。
「さっさと開けろよ」
「うるさいなあ、もし音に反応してあれがまた来たら嫌でしょ」
「へいへい」
「……別にそれでもいいんなら思いっきり扉開けるけど。よっこいしょ」
「ば、ちょ、おいふざけんなよ!来たらどうすんだ!」
慌てる青峰君はほっといて。
開けた扉から顔を少し覗かせ、奴がいないことを確認する。
「よし。いないみたいだし出よっか」
「……おい、何かあったらあれだしよ、俺が先に出るからお前は俺の後ろにいろ」
一歩、この部屋と同じように薄暗い外へ踏み出そうとする私を押し退けて先に部屋から出る青峰君。
おおう、男だねえ。
「なんでこんなに廊下が続いてんだ?」
「先が見えないね」
青峰君に続いて部屋から出ると異様に幅の広く、どこまで続いているのか分からない老朽化した廊下が。
天井には直管形の蛍光灯。
そして私の視線の先には私達のいた部屋と同じ木製の扉。
「つかここも床に色んなもん落ちてんな」
青峰君の言った通り、さっきの部屋みたく家具や本も落ちている。
本の内容は然程重要そうなものではなさそうだからスルーで。
だってタイトルがみんな国外の文字だし。
英語ならまだしもアラビア語とか私読めないからね。
いやこれがアラビア語かどうか分かんないけど。
「取り敢えずあの部屋、やっぱ見なきゃ駄目かな」
「だりいな、おい」
「後回しにする?」
「そうだな、先に出口らしきもん見付けようぜ。俺の勘だがあの部屋、出口じゃねえ気がする」
「勘かよ」
「ばっかお前、俺の勘は結構当たるぜ」
「へー、凄いね。それじゃ青峰君の勘を信じてみようかな」
「そうしろそうしろ」
まあちょっと半信半疑だけど。
とにかく、この廊下がどこまで続いているのか歩いてみますかね。
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