04
クローゼットの扉に空いている小さな穴から部屋を覗き、明らかこちらに向かってくる足音と時折響く不気味な声に耳を澄ます。
やがてそれは私達のいる部屋の前でピタリと止まった。

暫くの静寂。
しかしその静寂は扉を激しく叩くによって終わる。


「うるせえな」


呟く青峰君。
その声は苛立ちを含んでいて。
確かにずっと叩く音が止まないのは、怖いというよりもうるさくて苛立ちが芽生えてくる。


「気持ちは理解できるけど我慢我慢」


「ちっ、分かってるっての」


小さな声で会話を交わしたその時、扉が思い切り開いた。


「!」


穴から部屋を覗いている私はその正体に刮目する。

所々破れている真っ赤な着物。
真っ白な肌と顔は煤だらけで。
唇は血のような色で気味が悪い。
濡羽色の長髪はボサボサで汚く、手にはギラギラと銀色輝く鉈が握り締められている。
近くで聞くと小さな口から洩れる不気味な声は到底言葉とは言えず。

無表情でそれは部屋の真ん中まで来ると首だけぐるぐると動かし始めた。
真っ暗で虚ろな瞳に思わず背筋がゾワリとする。

日本人形。
あれはどうみても日本人形だ。
何故動いているのだろう。
いやそれよりも、これは見付かったらまずい。
きっとあの鉈で殺されてしまう。
早くどっかに行ってくれ……!


「おい、何が見えたんだよ?」


囁くような声で青峰君が話し掛けてきた。
暗闇に目が慣れてきたからか、顔は認識出来る。
それは彼も同じはず。
私は青峰君を見ながら自分の唇に人差し指を当てた。

その意味が伝わったのか、青峰君は無言で頷き、覗き穴を指差す。
見たいという事なんだろうな。
私は音を立てず静かに穴から離れると今度は彼がその穴を覗く。


「!?」


青峰君の目が見開いたのが分かった。
そして彼の表情は徐々に歪む。

なんだよあれ。

そんな言葉が彼の表情から読み取れた。
それが普通の反応だと思う。
あんなもん見たら誰だってそうなるよね。
やがて青峰君は穴から顔を離し、青ざめながらを私をみやり穴を指差す。

私にもう1回見ろという事ですかそれ。
いやもう正直あんな気持ち悪いの見たくないんだけど……。
首を振って拒否をすると手首を掴まれる。
どうしても見ろ、という事らしい。

……仕方がない。

そう思いながら渋々穴を覗く。


「!?」


おいおいおい!
あいつ私のジョニー(自転車)見つめてねえか!?
どうするつもりだよ。

若干焦りつつも、じっと日本人形の動きを待つ。
日本人形は一向に動く気配のないかと思いきや、恐ろしいほど無機質な声が私の耳を貫いた。


「羨ましいね」
「大事にされて、名前もあって」
「いいな」
「いいな」
「ずるい」
「羨ましい」


先程のような不気味な声ではないしっかりとした言葉。
それをあれは紡いだ。その口を休める事なく羨ましいと繰り返す日本人形は、やがて自転車から目を離し首を元の位置に戻す。
そして、再び言葉とは言えない不気味な声を洩らし部屋から出て行った。

扉が勝手に大きな音を鳴らして閉まる。
どんどん声と足音も遠ざかっていく。
そういえば扉を乱暴に叩く音も開ける音も聞こえない。
色々と衝撃的だったけど、とにかく見付からなくて良かった……!

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2014/0717:修正
2014/0727:修正

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