10
やけに薄暗い細道。
辺りを見渡せば少し離れた場所に小さな川が流れており、その川の先に寂れた公園。
そして何故か鬱蒼と生い茂る青々しい木々。

その光景に思わずしかめっ面になる。


「言いたい事は分かるけど今は先に進んで赤司君達と合流するのが先よ」


リコと木吉、日向に続いてその先へと一歩進む。

途端、音が静まった。
嫌な静けさだとこの場にいる誰もが心の中で呟く。
まるでこの空間だけ切り取ってしまったかのような、そんな静寂。

風がなく、肌に突き刺さる異様な冷気がよりこの場の不気味さを演出している。
無言で暫くコンクリの道を歩くと、見覚えのある姿と聳え立つ色褪せた鳥居が見えた。
そしてその奥に気掛かりなものも。


「征ちゃん、誠凛が来たわよ」


「ああ。……さて、各高の先輩方もわざわざ来てもらってすみません。皆、集まってくれて有り難う。霧崎の皆さんも来ていただき有り難うございます」


赤司征十郎が着いたばかりの誠凛や他の高校に挨拶をする。


「好きで来たんじゃねえよ。誰かさんに無理矢理来させられたってだけだ」


「まあまあそう言わんと。な?」


「ふん」


特徴的な眉毛の少年、花宮真が今吉翔一を睨むが直ぐに赤司の方へと視線を戻した。


「もう耳に入っているかと思うが青峰が消えた。この場で足取りが途絶えた証拠もある」


赤司の言葉に空気が一層冷たくなり、桃井さつきの表情は悲しさの色が増した。
彼女の隣にいた今吉が無言で桃井の背中を優しく撫でると彼女は今吉に礼を述べる。


「また、青峰以外にもな」


「ああ、聞いたぜ。鈴木千春サンって人だろ」


高尾和成が答える。
その名前は他も耳にしていた。
ただし、名前だけだが。


「そうだ。まず俺達がこの場に着いた時、青峰と彼女の私物が散乱していた。今は俺と実渕が預かっている」


「私が手に持っているのは鈴木千春さんのバッグと彼女の学生証よ。鳥居の辺りに中身が散らばった状態で見付けたわ。失礼だけど学生証はお財布から拝借して名前と顔、生年月日は把握したわけ」


説明する実渕玲央の手元に全員の視線が注がれる。
確かにお守りのついたシンプルなバッグとプラスチックの何かを手にしている。

プラスチックのそれは彼女の学生証だ。
実渕はその学生証の表を自分の胸元まで持っていく。


「大学生か。なんつうか、普通の女性だな」


福井健介が証明写真の彼女を見てぼそりと素直な感想を述べる。
確かに、と他の面々も思っていた。

ガッツリとお化粧をしているわけでもなく、何か洒落ているような髪型というわけでもないが、全体的には最低限整えられた髪型。
全体的にすげえ美人!すげえ可愛い!というわけでもなく、これといった目を引く容姿というわけでもない。
つまり、この証明写真の中の鈴木千春は、ごくごく平凡な普通の女性である印象が窺える。
言葉で表すなら平々凡々、人畜無害といったとこだ。


「さて、俺の足元にあるバスケットボールと手にしているスポーツドリンク、携帯は青峰の私物だ。携帯の機種から色や中身を確認した所確実に青峰の物と判断した。俺達の携帯アドレスと番号、桃井からの着信が入っていたからな。これも鳥居の前に落ちていた」


「青峰っちの携帯っスね……。ストバス行く途中だったんスよね、きっと」


「そうとしか考えられないな。青峰は今日、俺達とバスケをする予定のコートに行くつもりだったんだろう。そして何故か分からないがこの道を通った」


「そしてその途中で襲われた、か」


「恐らくな……。ああ、それと鈴木千春という存在も青峰と同様に無くなっていた。彼女の大学へ問い合わせた所、鈴木千春という生徒の在籍は存在しないと返ってきたからな。そして不思議な事に彼女の学籍番号はぽっかり空いていたらしい。まるでいたはずの人間が突然消えてしまったかのようにね」


「でもこれでその人の学生証は一応本物って事になりますよね。あれ、でもそういう生徒のプライバシーに関わる事って普通は答えてもらえないんじゃ……」


桜井良がぽつりと溢す疑問に赤司は意味深に口角を上げた。
そんな彼を見た桜井は「ス、ススス、スミマセン!ほんとスミマセン!スミマセン!!」と頭を下げて謝罪の言葉を連呼する。

あまりに謝罪を連呼をするので若松孝輔が止めたが。


「一体この場で2人に何があったのか。そもそも何故この2人なのか。そして彼女、鈴木千春という人物が犯人か否か。普通なら議論を交わしたい所だが……」


「成る程、シロかクロかのはっきりとした判断がつかないわけだ」


神妙な面持ちで呟く氷室辰也に続き、花宮が口角を小さく上げて言った。


「この姉ちゃんがシロかクロか、議論して判断するだけ無駄って事か」


フン、と鼻を鳴らし、更に彼は言葉を紡ぐ。


「今起こってる事は普通じゃねえ。気になる点もあるがまずこの場所だな」


それは誰もがこの場に着いた時から気が付いたそれと現象。


「今の季節は冬だろ。なのにこの道一帯の木だけは青々しく生い茂ってる」


冷たく音を鳴らして吹く風。
それに伴い宙を舞う地面に落ちた枯れ葉。
草木は枯れ、乾いた空気に包まれる、そんな季節。

だが、自分達の目の前に広がる景色はまるで夏。

それだけでなく、この場に流れているのは冷たく乾いた空気だというのに木々は青々しく、薄気味悪く鬱蒼と生い茂っている。
そしてここにいる全員が他に気になっているそれ。


「明らか人が引き摺られた跡だな……」


苦々しい表情の笠松幸男が指摘した引き摺られた跡。

石の絨毯へ必死に指を食い込ませた跡。
また、大きく何が引き摺られた跡。

それはこの鳥居の内側から社まではっきりくっきり続いていた。
それを含めたこの光景に全員が無言になる。
しかし、流れる沈黙を再び花宮が破った。


「こんな不可思議で異質極まりない場所で足取りが途絶えて、挙げ句存在も消失。襲われたにしろ、常識の範囲内で議論して判断しても仕方ねえってわけだ」


「せや。この場所は常識の範疇を超えた異質な場所、そんな場所で起こった出来事に常識的な考えは通用せんと考えたほうがええな。彼女がシロかクロ……シロだったとしたら第三者が犯人っちゅう事になるが問題はその犯人や。存在を消す、なんて普通はありえんが犯人はそれが出来る、つまりその犯人もまた不可思議で異質。逆もまた然りや。この姉ちゃんがクロだったとしたら存在を消すなんて信じられへん事が出来る事になるわけやな」


「彼女の存在自体が消える前の行動すら分からない。大学に行く途中だったのか、帰る途中だったのか。そして犯人に繋がる証拠もない以上、クロだと判断できないしかといってシロとも判断できない。可能性や仮定は出来てもそこから先、明確な答えが結局でないという事だ」


だから議論のしようがないし判断のしようがない。
この場にいる誰もがそれを理解した。


「とにかく、この姉ちゃんが本当にクロじゃないっちゅう判断が出ない以上疑わんわけにはいかん。あくまで犯人かもしれへん可能性もあるってだけで完璧に疑うとるわけちゃう。本当にただ巻き込まれただけかもしれん。ただし怪奇現象みたいなものに、や」


今吉は言葉を濁したが、はっきりいえば神隠しのようなものだ。
木吉の仮定した特殊な誘拐ともいえる。


「しかし弱ったな。考える事が多すぎる」


森山由孝が呟く。
しかしそれは事実で。疑問の種は尽きない。


「そ(れ)でいて解決しようがないですもんね」


早川充もまた、相変わらずの呂律で森山にそう返した。


「……」


「?」


ふと、火神は赤司が鳥居の奥、小さな社に目を向けていた事に気が付く。
やがて彼は鳥居へと向かって行った。
その行動に火神だけでなく、全員が気が付く。


「ちょっと征ちゃん、どうしたの?何が起こるか分からないんだから危ないわよ?」


「赤ちん……?」


「ああ、分かっている。ただどうしてか、あの社が気になるんだ」


実渕の心配を振り切り、赤司は段々と社に向かって行く。
と、社の近くまで行った途端、彼はこちらからはみえない場所で何かを見つけたらしく、それを取るとこちらに戻ってきた。


「赤司君、それって手鏡よね?」


リコの質問に赤司は「はい」と答える。
赤司の持っているそれは美しい装飾の施された手鏡。
鏡面がキラリと輝いている。


「あら素敵じゃない!でもこんな場所の物を持ってきて大丈夫な、の!?」


言いかけ、止まった。

実渕だけでなく、赤司の周りにいて尚且つ赤司の持つ手鏡を見ていた全員が動きを止めた。
一瞬だけだが女の姿が映ったのだ。

しかし顔は分からない。

そしてまた、じっと見た瞬間。
同一人物であろう女の姿がまた一瞬だけ映り、次にこの場にいる全員は急に意識を失いその場にパタリと崩れ落ちた。
そしてその後すぐ、見知らぬ場所で1人、目が覚めた火神は探していた彼らと出会う事になる。

――――――
2014/1201:修正

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