09
青峰大輝が消えた。

この事実は秀徳、陽泉や洛山高校のバスケ部に届いた。
勿論、誠凛にもだ。

土曜日の朝。
息を切らしながら火神大我はひたすらバスケ部の部室を目指して走り、思い切り部室の扉を開ける。


「青峰が昨日から帰ってこないってどういう事っすか……!?」


部室には既に自分以外揃っていて。
しかしその表情は暗く沈んでおり。
それは肯定。
青峰が消えたという事実を物語っていた。


「昨日の昼過ぎ、学校をサボってから一切連絡が取れなかったそうよ」


重い沈黙の中、相田リコがポツリポツリと話を始めた。


「午後の2時に桃井さんが青峰君の携帯に電話をしたけど出なかった。気が付かなかったのだろうと思った彼女は夕方にまた数回電話をしたけれど」


「青峰はまた出なかった、か」


日向順平の言葉にリコが頷く。


「それで、どうしたんだよ……ですか」


「ただ、青峰君が電話に出ない事は決して珍しい訳ではないらしいの。そうよね、黒子君」


チラリと黒子テツヤへ目を向けるリコに、彼は「はい」と返事をしそのまま話を続けた。


「大抵は気が付かなかったか、めんどくさかった辺りが理由だったりしました。桃井さんも最初は多分そう考えていたはずです」


俯く黒子。
その表情はいつもより無表情だがその瞳に僅かな不安さを孕んでいた。


「じゃあなんで消えたって」


「寮の夕食時間かその後すぐ、彼は学校をサボっても基本それまでには帰ってきてたらしいのよ。でも今回は違った」


リコに続き、伊月俊が言葉を紡ぐ。


「外食って事も視野に入れてたみたいだけどな。ただ夜の9時を回っても青峰は帰ってこない、おまけに何回電話をしても1度も電話には出なかった」


「流石におかしいと思い不安になった桃井は引退した今吉に相談を持ち掛けた。だったか、リコ」


木吉鉄平がリコに聞けば彼女は「ええ」と返す。
そしてとうとう今日まで青峰とは連絡もつかず、帰っても来なかった。


「……」


「……」


再び、重い沈黙が襲う。
そこへ火神がリコに疑問をぶつけた。


「あの、カントク」


「どうしたの、火神君」


「なんで警察に連絡しないんすか?誘拐って可能性も」


「しましたよ。しました、ちゃんと」


しっかりとした声で黒子が言う。
だがそれでも彼やリコ達の表情から暗さがとれたわけでもなく。
寧ろ暗さに拍車が掛かった。
それに対し、火神はますます意味が分からないと言いたげな顔を浮かべる。


「じゃあ後は警察に任せるしか」


しかし、火神の言葉はすぐにリコに遮られてしまった。


「……無理なのよ」


「なんで……!事件性がないって判断したからかよ!?」


「違うわ、そうじゃないの」


次に彼女の発した言葉は火神の全身に衝撃と混乱を与えた。


「すんません、今なんて」


「私達や桃井さんや彼をよく知るバスケに於いて身近な人物を除いた他全てから青峰君の存在そのものが消えてたって言ったの」


「信じられないかもな。だが紛れもない本当の話だ」
「キャプテンまでっ!じゃあ家族は!?家族は身近な人物じゃないすか!」


「……家は昔から夫婦だけ。青峰の家族からはそう返ってきたそうだ」


つまり警察は事件性がなかったから動かなかったのではなく、ただの悪戯だと判断した。
そういう事なのか。


「普通じゃ考えられない何かが起こっている。信じられないがそう考えるしかない」


「僕もそう思います。確かに火神君がこの話を受け止めきれないのは分かります。僕も最初は信じられなかったので。ただ、桃井さんはそんな嘘をつきません」


「お前、何でそんな落ち着いてられんだよ!?」


「落ち着いてなんていませんよ。このまま冷静さを失ってどうしようと嘆いていたら青峰君は戻ってくるんですか?違いますよね」


少し尖りを含めた黒子の声。
その声に火神は顔を歪ませた。

当たり前だ。

黒子がこの中の誰よりも本当は不安で、そして青峰を心配している。
早く青峰が戻ってくるのを強く願っていて。
でもだからこそ、彼は冷静さを保ち今自分に出来ることを優先している。


「……悪い、いきなり怒鳴り付けたりして」


「いえ。昨日の夜は僕も火神みたく冷静ではいられなかったですし」


「お前、昨日から知ってたのか?」


「桃井さんから電話が来たんです。青峰君が消えてしまったこと。彼の存在もまた消えてしまったことを」


「それを黒子君が私に伝えたってわけ」


「っスか……。あの、じゃあ他の連中にもこの事は」


「勿論届いてるよ。キセキの世代を通じて」


小金井の言葉に水戸部が頷き同意した。


「あいつらはなんて?」


「赤司に至ってはもう動きを見せてる。元々洛山と陽泉は昨日の夜にこっちへついてたらしいしな」


伊月のその情報に、火神は少なからず安心を覚える。

赤司が動いた。

それだけでも多少安堵する自分に改めて赤司征十郎の存在と凄さを実感した。


「桃井の情報によれば恐らく昨日、青峰は今日俺達も向かうはずだったストリートコートへ行った。桃井の情報収集能力の凄さはお前も知ってるだろ?」


日向に言われる。
そうだ、桃井の情報収集能力の凄さと怖さは試合でよく知っている。


「ただ、今回これだけしか情報がないのは青峰君の存在そのものが消えてしまったから。存在の消失なんてのがなければまだ青峰君の足取りをもっと深く調べられたのだけれど……」


「まあ、なんだ、悪い報せってばかりじゃないぞ。どうやら赤司が青峰の途絶えた足取りを掴んだらしい」


「木吉先輩、それ本当なんですか?」


「ああ。だから言ったろ、赤司が動いたって。ただなあ……」


欲しかった吉報だというのに歯切れの悪い木吉に火神は首を傾げた。


「特殊な誘拐だったと仮定してだ。もしかしたら犯人かもしれないし、或いは青峰みたく巻き込まれたかもしれない人物がいてな……」


それが何故歯切れの悪くなった原因なのか、甚だ疑問で仕方がない。


「?犯人だったら取っ捕まえりゃいいし巻き込まれてたら助ければいいんじゃないのかよ……ですか」


「火神君の意見は尤もよ。ただその判断がね……。ねえ、火神君は鈴木千春さんって知ってる?」


突然の質問。
そしてそれは知らない人の名前。
当然、火神は「知らねえっす」と返した。


「え、その人がどうかしたんですか?カントクの友達とか?」


「火神君、僕影止めますよ。いいんですか?今の話の流れでなんでカントクの友達の名前を出すんですか。バカですか、バ火神ですか」


「いきなりなんだよ!?じゃなくて、えっと、あ……!



彼らの言いたいことを察した火神は若干目を開くと伊月が頷いた。


「ああ。その鈴木千春さんって人も誘拐に巻き込まれた、もしくは犯人かもしれないというどちらかの可能性がある」


つまりシロかクロか。
その判断がつかない。


「赤司に限ってですか?」


「いや、多分もう彼の中では結論が出てるかと思いますよ。あと火神、僕が影止めてもいいんですか?」


「ああ!?いいよ別に止めなくて!」


いつものやり取りに場の空気が和らぐ。
こんな時、黒子の性格や優しさがこの場にいる全員の身に染みた。


「とにかく、赤司君のいる場所へ向かうわよ!他のバスケ部も向かってるはずだからね」
リコの言葉を合図に、彼らもまた動き始めた。

――――――
2014/0821:修正

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