▽ 紫原くんと男装彼女
「あー、どいてどいてー」
後ろから誰かの間延びした声が聞こえた。振り返ろうとしたその瞬間背中に衝撃が走る。
「うぎゃっ」
「あ、ごめーん…。大丈夫?」
べしゃり、床にダイブした。
咄嗟に手はついたけど、思いっきり膝とかおでこを打ったしかなり痛い。ぶつかった男子が私の頭の近くでしゃがみこむ気配がしたけれど正直そんなことに構っている余裕はなくて、そのままの体勢で倒れていたら。
「あーほら、どこ打ったの?見せて」
「ぎゃああああ痛い痛い痛い!髪掴むのやめて!」
彼は躊躇することなく、私の髪をむんずと掴んで無理矢理顔を上げさせた。痛い痛いと叫べば再びごめーんと返ってくる。その瞬間ぱっと髪から手を離されて、私は床に顔面を打ちつけた。
「ひ、ど…」
「ごめんごめん、わざとじゃないから許してよー」
「わざとだったら余計タチ悪いよ!」
「んー、とりあえずそんだけ元気なら大丈夫そうだねー」
痛む体に鞭を打って体を起こすと、紫色の髪の男の子がまいう棒をさっくさっくと食べながら私を見下ろしていた。なにこの人でかい。でかすぎる。
「あー、誰かと思ったらマネージャーじゃん」
「ああ、えっと紫原くん…だっけ?入部早々一軍入りした」
「そーそー。それでアンタ名前は?」
「…橙矢あずさ」
「そっかー、あずさちん。ごめんね転ばせちゃって」
これお詫びね、と紫原くんはポケットから取り出したいくつかのキャンディーを私に差し出した。おお、これ私の大好きな苺ミルク味じゃないですか。うん、転ばされたことも髪つかまれたことも顔面を強打させられたことも許そう。
「…あずさちん、単純って言われない?」
「ん、何が?」
「…まあいいや」
紫原くんがくれた苺ミルク味のキャンディーはとても甘くておいしかった。