▽ 赤司くんと彼女
あずさと付き合い始めたからと言って特に変わったことは何もなかった。あずさが男装しているときは恋人らしいことはできないし、付き合う前から近くにいたせいで何をしたらいいのか全く分からない。それなのにあずさときたら、
「征くんこれ食べてー」
「ぐっ」
何の前触れもなく弁当に入っていたピーマンをオレの口に突っ込んできた。
今のは間接キスじゃないか?普通は女子の方がそういうものを気にするはずなのにコイツは何の恥じらいもなく……。
「……お前、まだピーマン嫌いなのか」
「だって美味しくないんだもん」
あずさは間接キスなんて気にしていない。付き合っているはずなのに、オレのことが好きだと言ってくれたのに。
これでは今までと何も変わらない。オレばかりが意識しているこの状況に不満しかなかった。
***
靴箱に手紙が入っていた。
まだ中身を確認してすらいないのに、一緒にいた黄瀬くんが「それラブレターじゃないっスか!」と騒ぎ始めた。差出人は誰なのか、何と書いてあるのか。あとでこっそり読もうと思ったのに、黄瀬くんがうるさいせいで後ろから来た青峰くんたちにもバレてしまった。その中にはもちろん征くんもいて。
「見てよこれ、あずさっちの靴箱にラブレターが入ってたんス!」
「ちょっと黄瀬くん…!」
征くんの眉がピクリと上がった。たぶん差出人は女の子なんだけど、彼女がラブレターを貰うのってあんまりいい気はしないだろうなあ。私だって征くんが男子からラブレター貰ってたらイヤだなって思うもん。
だけど征くんはそれ以上気にする素振りを見せず、「よかったね、ちゃんと男に見られている証拠だ」としか言わなかった。
手紙の内容は黄瀬くんの言う通りラブレターだった。差出人は去年同じクラスだった女子で、昼休みに返事が聞きたいと書いてあった。
「みんなで応援に行くっスよ!!」
「来なくていいから!」
征くんは何も言わない。「ちゃんと断ってくるんだよ」くらい言われると思っていたのに、征くんはずっと興味がなさそうな様子で本を読んでいた。
呼び出された場所と差出人の名前は誰にも教えなかったけれど、私がどこに呼び出されているかなんて頻繁に告白されている黄瀬くんにはお見通しだろう。今もどこかで見られてるんじゃないかな。他人の告白を覗き見なんて悪趣味すぎる。
「…ごめん」
それまでずっと俯いていた女子の肩がビクリと跳ねる。泣かせたらどうしようと不安だったけれど、パッと上げられた顔には涙ではなく下手くそな笑顔が浮かんでいた。
「橙矢くんの女友達の中では仲がいい方だと思ってたから、自信あったんだけどなあ」
おどけたような言い方だった。だけど手は何かを耐えるようにスカートの裾を握りしめていて。
「一応、理由を聞いてもいい?」
きっとこの子は心臓が口から飛び出すんじゃないかってくらい緊張して、それでも自分の気持ちを伝えたくて必死だったんだろう。私だってこないだ征くんに告白したとき同じ気持ちだったじゃないか。
「……ぼく、は」
「ちょっとあずさっち!付き合ってる人がいるなんて聞いてないっスよ!?」
黄瀬くんはやっぱり一部始終を見ていたらしい。女子がいなくなった瞬間物陰から飛び出してきて肩を掴まれた。
「言ってないもん。言うなって言われたし」
「何それ!そんなこと言ったの誰っスか!?」
「誰って……」
黄瀬くんは宣言通り全員連れてきたらしく、さつきちゃんたちも物陰から出てきた。何となく状況を把握したらしいさつきちゃんと青峰くんがニヤニヤしながらこちらを見て来るから恥ずかしくて仕方がない。
「その辺にしとけよ黄瀬ー。あんまりあずさに近付きすぎると殺されるぞ」
「そうだよきーちゃん、あんまり野暮なこと聞かないの!」
「え?ええ!?二人は知ってるのにオレは知らないってどういうこと!?」
ギャンギャン騒ぐ黄瀬くんに追い打ちをかけるように、紫原くんが「黄瀬ちん知らないのー?」とのんびりした口調で言った。え、紫原くんも知ってるの…?征くんが内緒だって言ったのに!?
「黄瀬くん知らなかったんですか?緑間くんじゃあるまいし、普通気付きますよ」
「おい黒子、オレをバカにするな。あずさと桃井が付き合っていることくらい知っているのだよ」
「桃井さんじゃありませんよ。ねえ赤司くん?」
黒子くんに話を振られた征くんが、恥ずかしそうに口元を手で隠しながら小さく頷いた。手で隠れていない部分が真っ赤になっていて、これじゃあみんなにバレるのは当たり前だと頭を抱えたくなる。
「…ラブレター貰ったのに何も言ってこないから興味ないのかと思った」
「お前だって…付き合い始めたのに何も変わらなかったじゃないか」
そう言いながらも嬉しそうな征くんを見て、黄瀬くんは「あり得ないっスー!」と学校中に響きそうな声で叫んだ。