▽ ずっとすきでした
朝から降っていた大雨は午後になっても全くやむ気配がなかった。
降り込んだんじゃないかと思うくらい廊下も階段も酷い有様で、すでに何人かの生徒が滑ったり転んだりして保健室行きになったらしい。中学生にもなって先生たちから「廊下は走らないように」と注意されるなんて思わなかった。
まだお昼なのに窓の外は真っ暗で、遠くからゴロゴロという雷の音まで聞こえてくる。今日は早く帰りたいなあ。部活が長引きませんように。
そう思いながら窓から視線を戻すと、廊下の向こうに突っ立っていた誰かと目が合った。
「…………あ、」
征くん、だ。最近まともに会話をしていないせいで、真正面から征くんの顔を見るのは久しぶりだった。
心臓が猛ダッシュした後のように跳ねている。目が逸らせなくて、金縛りにあったみたいにその場から一歩も動けなくなって。
先に目を逸らしたのは征くんの方だった。こちらに背を向けられた瞬間、何だか無性に泣きたくなった。
目が合ったのに何で無視するの?今までずっと一緒だったのに、私たちってあんな事故みたいなキスで壊れちゃうような関係だったの?
「……って………待って征くん!」
このときの私は、廊下が滑りやすくなっていたことなんて綺麗さっぱり忘れていた。
***
何かが倒れるような音に慌てて振り返ると、誰かがうつ伏せに倒れていた。
自分の身に何が起こったのか分かっていないのか、余程痛かったのか。ゆっくりと上げられた顔はくしゃりと歪められていて、気付けばオレはあずさに駆け寄っていた。
「大丈夫か、」
腕を掴んで上体を起こさせようとした瞬間。腹部に走った衝撃に耐えられず、オレはその場に尻餅を付いてしまった。
「っ!?お前何を、」
折角助け起こしてやろうと思ったのにズボンが濡れたじゃいか。なんて口から出かけた文句は、オレにしがみついたまま離れないたあずさのせいで何も言えなかった。
「ばか、ばかばか!せーくんのバーカ!」
「い、いきなり何を」
「何で無視するの!?私のことそんなにキライ?キライだから話したくないの!?」
幼い頃のように転んだから泣いているんじゃない。同級生に意地悪なことを言われて、悔しくてオレに泣きついているんじゃない。
泣いているあずさを慰めるのは得意だったはずなのに。オレのせいであずさが泣いているというだけで、どうしたらいいのか分からなかった。
「あずさ、オレは」
「なかったことにするんだねって言った……!」
「っ、」
「分かんないよ……!どうしてなかったことにしちゃいけないの?わたしは征くんとずっと一緒にいたくて、だから……っ」
泣きじゃくるあずさが顔を上げた。大きな目から涙がポロポロ零れ落ちている。強い力でシャツが引かれる。
男子制服を着ているのに、転んだせいで髪はボサボサなのに。泣きながらオレに縋り付くあずさはどんな女子よりもかわいらしくて、愛しかった。
「すき」
あずさの口から零れ落ちたのは、オレがずっと欲しかった言葉だった。