男装彼女 | ナノ
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▽ 男装彼女の恋心


「あずさくんはいっ、あーん」

さつきがあずさの口に黒焦げの物体を突っ込もうとしていた。
ぼけーっと遠くを眺めているあずさは自分の身に迫る危険に気付いていない。オレは慌ててさつきの手から殺人兵器を取り上げた。

「なに、青峰くんも食べたいの?残念だけどこれはあずさくんのために作って来たんだから、青峰くんの分はありませーん」
「誰も欲しくねえよこんな毒物……」
「毒物なんて失礼な!これは最近元気がないあずさくんを元気付けようと思って、」
「元気になるどころかあずさが寝込むっつーの!」

最早原型すら分からないそれを袋ごとゴミ箱に投げ捨てる。「サイテー!」と叫んださつきは、オレたちの言い争いにも全く反応を示さないあずさに思い切り抱き付いた。

「聞いてよあずさくん、青峰くんが意地悪するの!せっかくあずさくんのためにシュークリーム作ったのに…」
「あれのどこがシュークリームだよ!真っ黒だったじゃねえか!!」
「まあまあ、二人とも落ち着いて」

さつきの料理であずさも何度か死にかけたことがある。宥めるようにさつきの背中を叩きながら、あずさは困ったように笑って口パクで「ありがとう」と言った。

「二人ともホントに仲良しだねえ」
「仲良くねえよふざけんなあずさ」
「そうだよ!それに仲良しって言うならあずさくんと赤司くんの方でしょ?」

それまでオレたちのやり取りを笑いながら見ていたあずさの顔が思い切り引き攣ったのを、オレもさつきも見逃さなかった。どうやら緑間がぼやいていた通り、あずさの様子が可笑しい原因は赤司が関係しているらしい。

「…そう、かな」
「だって青峰くんと違って赤司くんはカッコイイし優しいし…。あっ、もしかしてあずさくんの初恋相手だったりして!?」

さつきがいきなり地雷を踏み抜いた。目を見開いて固まったあずさに凝視されたさつきは、助けを求めるようにオレに視線を向けてくる。このバカ…オレには発言に気を付けろって散々言ったくせに。

「あー……いつから赤司のこと好きなんだよ、お前」
「ちょっ、青峰くん!?」
「お前が赤司を男として意識してるとこなんて見たことないんだけど?」

俯いたせいで表情は分からなかったが、髪の間から見えた耳は真っ赤にないっていた。


***


青峰くんの言う通り、私は今まで一度だって征くんを男の子として意識したことがなかった。

一緒にお風呂に入らなくなったのはいつからだろう。怖い話を聞いたから一緒に寝ようと言っても布団に入れてくれなくなったのは?オレの前で堂々と着替えるなと怒られたのは?

『どうしてそんなに怒るの?』
『それはっ………が、』

あずさがオレを、男として意識してくれないから。
いつ言われたのかなんて覚えていないのに、そのとき征くんが悔しそうな顔をしていたことだけはよく覚えている。



キスされたことに嫌悪感はなかった。それどころか、今まで何も考えずに大好きと言ったり抱き付いたりしていた自分がどうしようもなく恥ずかしくなった。

相手が女の子だったらここまで悩むことはなかっただろう。私はこの日初めて、征くんが男の子であると意識した。どんどん広がっていく身長差だとか、私よりもずっと大きな手だとか。今まで当たり前だと思っていたことが気になって仕方がない。

明日からどんな顔で征くんと話せばいいんだろう。一晩中悩み続けた末に出した結論は、何もなかったことにすることだった。
変に意識したら征くんが傷付くんじゃないか。そう思って次の日、何事もなかったように征くんに話しかけた。
征くんはそんな私に目を見開いたあと、唇を噛み締めて泣きそうな顔をした。

『お前はそうやってなかったことにするんだね』

何だか気まずくて、それ以来征くんとはまともに会話をしていない。

征くんは私にどうして欲しいんだろう。どんな反応を見せていれば征くんは納得してくれたんだろう。

友達ならたくさんいるのに、征くんが隣にいないことがこんなにも寂しいことだったなんて知らなかった。征くんに素っ気なくされるだけで泣きたくなるなんて思わなかった。

自分がこんなに征くんのことが好きだったなんて、知らなかった。

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