男装彼女 | ナノ
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▽ たとえそれが演技だとしても


幼稚園の頃、お遊戯会で白雪姫をやったことがある。あずさは白雪姫ではなくて、継母が持つ魔法の鏡の役だった。

『王子様は征十郎くんで、白雪姫は―――』

白雪姫があずさじゃないなら王子なんてやりたくない。不貞腐れていたオレの隣で、王子役に抜擢されたオレをあずさは自分のことのように喜んでいた。

『せいくんすごーい!王子さまだって!』
『王子さまなんてやりたくない』
『どうして?かっこいいのに!』
『……かっこいい?』
『うん、せいくんかっこいいよ!』

さっきまでやりたくないなんて思っていたくせに。あずさにもっとかっこいいと言ってほしいというそれだけの理由で、オレは王子役を引き受けた。



なぜ今その話を持ち出したのかと言えば、来月の文化祭でうちのクラスが演劇をすることになったからだ。演目はあの頃と同じ、白雪姫。

「えっと、誰かやりたい人はいませんか?推薦でもいいんですけど…」

なかなか配役が決まらないことに困ったらしい実行委員がそう言うと、一人の女子が勢いよく手を挙げた。どうせ赤司だろ、と誰かがぼやくのが聞こえる。
だけどその女子は予想外の人物の名前を挙げた。

「王子役は橙矢くんがいいと思います!!」

ここで名前を呼ばれるとは思っていなかったらしいあずさは、突然クラス中に注目されたせいか完全に硬直していた。橙矢くんどうですか、と実行委員に尋ねられ、困ったように視線を彷徨わせて周囲の席のクラスメイトに助けを求める。

残念ながらあずさの周りは女子ばかりで、彼女たちは目を輝かせてあずさに王子役を勧めていた。

「え、えっと…!僕は部活があるからあんまり練習できないと思うし、他の人の方が」
「王子はあんまり出番ないから、昼休みとかでも十分練習できるよ!!」
「橙矢くんが王子役を引き受けてくれたら他の役はスムーズに決まるんだけどなあ…」

そこまで言われて断ることができるほどあずさのメンタルは強くない。渋々といった様子で王子役を引き受けたあずさに、女子たちが大きな拍手を送っていた。





「あずさはどうしたのだよ。今日は休みか?」
「なんかあずさっち、演劇の練習でしばらく一緒にご飯食べられないらしいっスよ」
「王子様役やるんだってー!いいなあ、私が白雪姫やりたかった!」
「へえ、なんか意外かもー。そういうのって赤ちんが選ばれそうだけどねー」

あずさはクラスの女子たちに連れられて屋上に向かった。今日から早速練習を始めるらしい。まあ女子のほとんどがそれに付いていったところを見ると、ただあずさと一緒に昼食を取りたかっただけかもしれないけれど。

「オレは裏方だよ。当日は生徒会の見回りもあるからバタバタするしね」
「赤司が裏方ァ?似合わねえ!衣装でも作るのかよ」
「赤司くんは台本を作ってるんですよ、青峰くん。邪魔しないでください」

オレが食事もそこそこにひたすら台本を書いていたためか黒子が青峰をたしなめた。もうほとんど終わっているから気を遣わなくてもいいのに、と思いつつ、折角なら誤字や可笑しな箇所がないか添削してもらおうと黒子と緑間に差し出した。



数分後、書き上げたばかりの台本から顔を上げた二人は隣で読みたがる桃井と黄瀬に無言で差し出した。オリジナルを入れた方が面白いと言われたから原作とはところどころ内容を変えたのだが可笑しかったのだろうか。

「どうした二人とも、どこか可笑しな部分でもあったかい?」
「可笑しな部分というか……」
「王子の出番がないのだよ」

緑間に指摘されて書き起こした内容を思い出したが、出番はきちんとあったはずだ。だが読み終えた桃井や黄瀬も、王子の出番がないと駄々を捏ね始めた。

「白雪姫って王子様のキスで目覚めるんじゃないの!?」
「あずさが誰かとキスをするのは気に入らない」

それに原作では、棺を運んでいた家来が躓いた拍子に白雪姫がリンゴの欠片を吐き出して息を吹き返すのだ。それなら小人たちが白雪姫の体を揺すった拍子に吐き出したって問題ないだろう。

「中学生なんだからフリに決まっているっスよー!しかも王子のセリフ、"一緒に城に参りましょう"だけじゃないスか!」
「たぶんクラスの女子たちがあずささんを王子役に推薦したのは、愛の言葉を囁いてほしかったからだと思いますが」
「……あずさが誰かに愛の言葉を囁く……?」
「落ち着くのだよ赤司!これは芝居だ!!」

黒子たちに散々言われて書き直した台本では、王子は白雪姫に甘い言葉を囁き、王子にキス(もちろんフリである)され目を覚ました白雪姫にプロポーズをする、ということで纏まった。

「……やはりキスの部分はカットで」
「おい」
「じゃあせめて、愛の言葉はもっと少なくしよう」
「これ以上どこを削るんですか…」

あずさが絡むとどうも上手くいかない。書き直した台本を受け取った実行委員はその出来に大層喜んでいたが、オレは当日無心で演劇を見ることはできなさそうだと思った。

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