▽ 黄瀬くんの悩み事
青峰っちに憧れて入部したバスケ部に橙矢あずさというマネージャーがいた。
華奢で可愛らしい顔立ちをしていたから女の子だと思っていたけれど、一人称は僕だし青峰っちや主将からの扱いは完全に男子に対するもので。男子制服を着ていたところも見たことがあるしクラスの女子も「橙矢くんは男にしておくのが勿体ないくらいカワイイ!」と言っていた。
あずさっちは男の子だ。だけどふとしたときに見せる仕草とか、身長差の関係上どうしても避けられない上目遣いだとか。そういうものを見るとドキッとして目が離せなくなって。
それに気付いてしまえばあとは転がり落ちるようにあずさっちのことが気になってしまう。
一年生の頃桃っちと付き合ってたことがあるらしいけど別れたあとでも仲良しなんだな。幼馴染みって聞いたけど赤司っちとえらく距離が近いな。
「あずさっちを見てるとドキドキしてくるんスけどこれって何なんスかね?」
自主練中の部員たちに気付かれないように小さな声でそう尋ねる。タオルで汗を拭いていた青峰っちは訝しげな顔でオレを振り返った。
「は?何だよそれ」
「自分でも分からないから聞いてるんスよ……」
うるせーの一言で片付けられなかったところを見ると、どうやら青峰っちはオレの相談を真剣に考えてくれているらしい。
しばらく黙り込んでいた青峰っちが「それってさ」と口を開く。相変わらず気難しそうな顔をしたまま、視線の先にはあずさっちがいた。
「もしかしてホm」
「ちょっと!?真剣に考えてくれたと思ったら何スかそれ!!」
オレ本気で相談してるのに何つー返しだ!相談した相手が悪かったのかな……いやでも黒子っちに相談してもきちんと聞いてくれるとは思えないし……。
「だってお前マジないだろ……あずさはおっぱいねーじゃん」
「はあ!?」
「おっぱいないヤツは女じゃねーから」
男か女じゃなくて?おっぱいがあるかないかってどういうこと!?
一言文句を言ってやろうとオレが口を開く前に青峰っちは大きな声であずさっちを呼んだ。ちょっと待って今の今まであずさっちの話をしてたのに何で本人呼んじゃうの!?まだ心の準備ができてないし……!
「なあに?」
「ちょっとこっち来い」
青峰っちに手招きされるがまま、あずさっちは大人しく青峰っちに近付いてくる。青峰っちってば何する気だろう。本人の前で今の話を暴露したらさすがにキレそうだ。
青峰っちは自分の真ん前で立ち止まったあずさっちの肩を掴むと、そのままぐりんと反転させてオレに向き直らせた。あずさっちにきょとんとした顔で見上げられて、オレの心臓がバカみたいに騒ぎ出す。
「ほら見ろ、おっぱいなんてねーじゃん」
「ちょっ、アンタ何やってんスか!」
オレが言ったわけじゃないけど恥ずかしすぎる。あずさっちの顔をまともに見ることができず、間に割って入るように二人を引き離した。
「青峰っち変なこと言わないで!」
「オレはお前に現実を教えてやろうと思ってだな……」
青峰っちは悪びれもせずに頭を掻いていた。
だけどそんな青峰っちでさえも凍り付くような声が掛けられる。
「……先程から、随分と聞くに耐えない話をしているようだが」
「ああああ赤司っち違うんスよこれは誤解っス!全部青峰っちが悪くて、」
「はああああ!?お前があずさのことが好きとか言い出したのが悪いんだろ!」
「ぎゃっ、そんなこと言わないで!」
お互いに罪を擦り付け合うオレたちは赤司っちから見ればさぞ滑稽に見えただろう。結局二人とも赤司っちからの説教を受けた。
「あずさも、しばらくコイツらに近寄らないように」
そう言って赤司っちが振り返ると、あずさっちは俯いたままわなわなと震えていた。あずさ、と赤司っちがもう一度呼ぶと、目にいっぱい涙を溜めたあずさっちがオレと青峰っちをキッと睨み付ける。
「…………し、」
「え?」
当たり前だ、下手したらイジメみたいなことを言われたのだから怒られても無理はないだろう。
ごめんねあずさっち、と言いかけたときだった。
「さ、さつきちゃんほどじゃないけど私だってそれなりにあるし……!!」
赤司っちが持っていたボールペンがバキリと音を立てて真っ二つに折れた。