男装彼女 | ナノ
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▽ 桃井さんにカミングアウト


「桃井さん」

みんなが自主練をしている中、せっせとボトルを洗っていた桃井さんに声をかける。声だけで私だと分かったらしい。桃井さんはぱあっと顔を輝かせながら私を振り返った。チクチクと胸を刺す罪悪感を感じながら、手伝うよ、なんて言って隣に並んだ。

「い、いいよあずさくん…!あずさくんだってやらなくちゃいけないことが、」
「僕の方はもう終わったから」
「でも」
「それに二人でやった方が早いよ」

当たり前のことを言っただけなのに桃井さんは顔を真っ赤にしてしまった。小さな声でありがとうと呟く彼女に微笑みかければ、後ろから刺すような視線を向けられる。ちらりと振り返れば征くんと緑間くんが扉の陰から私たちの様子を伺っていた。口パクで征くんが「わ か れ ろ」なんて言っている。分かってるってば。

「あの、あずさくんっ!」
「なあに?」
「えっとね、その…」

まるで恋する乙女のような桃井さんの反応に嫌な予感を感じた。このまま桃井さんに喋らせたら折角征くんと緑間くんに考えてもらった"桃井さんと別れよう作戦"が水の泡になってしまいそうな、そんな予感。どうにかして話の流れを変えようと思ったけれどそんなに上手くいくはずもなかった。

「こ、今週の土曜日!部活が終わったあと、一緒に映画行きたいなって思って……」

ガンッ!後ろから大きな音が聞こえてくる。たぶん征くんが扉を蹴るなり殴るなりしたのだろう。緑間くんが征くんを宥めるのが聞こえてきたけれど、私をデートに誘うことで精一杯の桃井さんにはそんなことに気にかけている余裕はなかったようだった。

「あ…青峰くんとは、行かないの……?」
「何で青峰くん!?」
「えっ…だって桃井さん、青峰くんと仲いいし……」
「ちがっ……!違うのあずさくん、青峰くんとはそんな関係じゃないの!あれはただの幼馴染みで、私が好きなのはあずさくんだからっ」

必死に訴える桃井さんにこくこくと頷くことしかできなかった。作戦その1、青峰くんとの関係を持ち出して別れよう作戦は失敗である。

「それで、どうかな?ほら、私たちまともにデートとかしたことないし……」
「……えっと、」

この場合どうしたらいいのかな。デートなんてしたら尚更別れ話なんて出来なくなりそうだ。ここでビシッと言った方がいいかも…でもそんなことしたらきっと桃井さん泣いちゃうし……。

「……もしかして迷惑、かな?」
「そ、そんな……迷惑とかそんなわけじゃ、」
「最近あずさくんどこかよそよそしいし……私のこと、嫌いになっちゃった……?」
「そんなことない!そんなことないよ!?」

じわり、桃井さんの目に涙が浮かぶ。大慌てで桃井さんの言葉を否定して、桃井さんの肩を掴んだ。こうなったら最終手段だ。変な噂を立てられるのはイヤだけどこの際形振り構っているわけにはいかない。
私は大きく息を吸って、ぎゅっと目を瞑った。

「じっ…じつはぼく、征くんが好きなんだ!」

桃井さんの手からボトルが滑り落ちる。だけどその音に被せるように背後から、ガッシャーン!という大きな音が聞こえてきた。さすがの桃井さんもこの音には気が付いたようで、二人揃って音がした方に視線を向ける。

「………っ!」

口元を片手で覆う征くんが、髪だけではなく顔まで真っ赤にしてぷるぷる震えていた。いや、何もそんな反応をしなくても。征くんが言い出したんじゃん、最悪の場合ホモだとカミングアウトしろって。何でそんな乙女な反応をしてるの。

「あずさ、それは本当か……?」
「え?いやあの、」
「やっぱりお前男装するのやめろ。明日から女子制服を……たしかもう届いていたな?」

先ほど大きな音を立てた掃除用のバケツを蹴飛ばしながら征くんが近付いてくる。暴走気味の征くんに気を取られていた私は、桃井さんのことをすっかり忘れていた。

「どういうこと……?」
「あ……」
「ねえどういうことなの、あずさくん。男装って?女子制服って何?」

桃井さんが私のTシャツの裾を掴んで問い詰めてくる。征くんがしまったと言わんばかりの顔をしたけれどもう遅い。扉の前で頭を抱える緑間くんに頭を抱えたいのはこっちだと思いながら、私は結局桃井さんに自分が女なのだとカミングアウトすることになるのだった。

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