▽ 赤司くんと男装彼女
オバケの正体は三軍の、黒子テツヤくんという男の子だった。毎日毎日最後まで居残り練習している彼は影が薄すぎて誰にも気づいてもらえず、いつのまにかオバケ扱いされていたらしい。
黒子くんと出会った日から青峰くんは毎晩一緒に居残り練習するようになった。本当だったら私も一緒に行きたいけれど、私にはやらなければならないことがあった。
「あ、赤司くん!あずさくん見なかった?」
「知らないな。あずさがどうかした?」
「ううん、いないならいいや。ごめんね、読書の邪魔をしちゃって」
桃井さんが去っていく足音がする。ほっと息を吐いて肩を下ろすと征くんに蹴られた。
「いったい!何するの征くん!!」
文句を言いながら机の下から這い出ると、これでもかというほど眉間に皺を寄せた征くんが私を見下ろしていた。ああまたお説教だ。げんなりしながら征くんの足元に正座をする。
「お前、まだ桃井と別れていなかったのか」
「だってあんなに好き好き言ってくれるのにいきなり別れてとか言うのかわいそうじゃん」
「お前のそういう態度の方が余程かわいそうだと思わないのか?気持ちがないのに中途半端に関わるのはやめろ。相手にも失礼だ」
征くんの言っていることは理解できる。私は男装しているだけで中身は女の子なのだ。このまま桃井さんとお付き合いを続けるのはお互いのためにならない。それでも、桃井さんは恋する乙女なのだ。私と話すたびに頬を赤らめて恥ずかしそうにしたり、少し優しくするとそれはそれは幸せそうな顔をしたり。
「そんな桃井さんを振れと!振っちまえと!ひどい征くん、一体何色の血が流れてるの!?」
「お前反省する気ないだろう」
口の端を引き攣らせた征くんに力いっぱい頬を引っ張られた。
「いいかあずさ、オレは何もお前のことが気に入らないからこんなことを言っているんじゃない。お前のことが心配だから口うるさく言っているんだ。分かっているのか?」
「…ひゃい」
「いつか桃井はお前が女だと知るだろう。そのときお前と桃井がまだ付き合っていたら?桃井は何事もなかったかのようにお前を受け入れることができると思っているのか?傷つくのは桃井だけじゃない、お前もだ」
征くんは正しい。いつだって、私が間違えそうになったらこうやって諭してくれる。だから今回のことも征くんの言う通りにした方がいいのだ。だってそれは間違いじゃないから。
「…征くん、私桃井さんにきちんと話すよ」
「ああ。だけど自分が女だとは言うんじゃないぞ」
「え、じゃあ何て言えばいいの!?」
「お前今のオレの話聞いていなかったの、」
か。征くんが全てを言い終わる前にがしゃんという音が聞こえた。征くんと二人でハッとしてドアの方を見ると、そこにいたのは緑間くんで。
「ど…どういうこと、なのだよ…?」
ドアの前で立ち尽くす緑間くんの足元には、今日のラッキーアイテムであるガラスの小物入れが無残にも砕け散っていて。
え、もしかしなくとも今の話聞かれてた!?
真っ青になって征くんを見上げると、征くんは。
「…緑間、こっちに来い」
「え、いや…遠慮するのだ、よっ!?」
ズガーン!征くんな緑間くんに向かって投げたハサミが物凄い音を立ててドアに突き刺さる。緑間くんが息を飲んだのが遠目からでもはっきりと見えた。
「二度も言わせるな緑間…。こっちに来い」
ガタガタと震える緑間くんがこちらに歩いてくる。ほんの少し前までラッキーアイテムだったはずのガラスの破片を踏んでしまったところを見ると彼もかなり動転しているのだろう。征くんから溢れる威圧的なオーラに完全に畏縮してしまった緑間くんは、自主的に私の隣に正座した。
「さて…お前の口を封じるために何をしようか」
「!?オ、オレは何も聞いていない!」
「大丈夫だよ緑間、お前に危害を加えるつもりはない。強いて言うなら…そうだな。お前も共犯者になってもらおうか」
なぜだろう。征くんは全校生徒が使う木製の椅子に座っているというのに。その椅子は校長先生の椅子なんかよりずっと上等で、まるでおとぎ話に出てくる王様が座っている革張りの玉座に見える。
征くんは怒っていない…怒っていないはずなのに、私も緑間くんも膝の上に手を置いてガタガタと震えることしかできなかった。