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ぜんぶしってるよ

言いたいことはいろいろあった。ただ自分が、何と言うつもりなのか分からなかった。喉の奥から熱いものがせり上がってくる。吐き出すように口を開いて、だけど結局上手く言葉にならないまま、空気だけが口から抜けていった。

「……あ、」

二宮がふとこちらを向いた。珍しく驚いたような顔をして私を見つめている。
…何だその顔は。おまえが待ってるって言ったんじゃん。

「……何やってんの」

言いたかったことはたくさんあったはずなのに、私が二宮に言いたかったのは、こんな冷たい言葉だったのだろうか。

「ねえ、何考えてんの?この雨の中傘もささずに」

違う、そうじゃない。そうじゃなくて、私が言いたいのは、

「バカじゃないの…!?私、行くなんて一言も言わなかったよね!?」

そうだけど。約束はしなかったけど。私、知ってたじゃん。私が「絶対に行かない」と言わなかったから、二宮はきっと、私をずっと待っているだろうって。分かってたから、待ってるはずないなんて思いながら、あんなに一生懸命走ったのに。

「待つならせめて店の中で待ってなよ…!ああもう、ビショビショじゃん!風邪引くぞバカ!!」

傘を二宮に押し付けて、ぐっしょり濡れた顔をハンカチで拭いてやった。その間も二宮は目を見開いて私を見下ろしている。居たたまれなくなって何?と少し強めに問うと、二宮はようやく表情を崩した。

「……朔さん、俺、トリオン体なので大丈夫です」
「えっ」

困ったようにそう言った二宮に、ハンカチを持つ自分の手がピタリと止まった。視線を下ろして二宮の服装を見つめる。
そうだ、こいつの隊服黒スーツだった。

「……紛らわしいんだけど」
「すみません。さすがに寒かったので」

だから中で待ってればよかったじゃん。そう言ってやりたかったけど、これ以上口を開くとボロが出そうだから、そう、と呟くに留めた。

「で?一杯付き合ってほしいって言ってたけど、このお店に入りたいの?」

いくらトリオン体だったとは言え、二宮がこの雨の中三時間以上待っていたのは事実だ。罪滅ぼしに一杯くらいなら付き合ってやってもいい。どうせ飲み足りないって思ってたし。
そんなことを思いながら二宮に問い掛ければ、二宮はゆるりと首を横に振って、私に傘を傾けた。

「今日はもういいです。帰りましょう」
「はあ?」

今日はもういいって何。私をあんなに走らせておいて何だそれ。沸々と湧き上がる怒りにハンカチを握り締めると、二宮はそんな私の手からハンカチを取り上げて、濡れていない面で私の肩を優しく払った。

「俺より朔さんの方が濡れてます。風邪を引く前に帰らないと」
「え?まあ、走ったし多少は…。でも別にこのくらい」
「朔さんの気が向いてくださっただけで十分ですから」

二宮は目元を和らげて、小さく笑った。
あの二宮が笑っている。模擬戦で圧勝しても当たり前だと言わんばかりの顔をして、ちっとも嬉しそうにしない男が。お調子者の隊員たちの冗談にも、呆れたように眉を顰めるばかりで全く表情筋を動かさない二宮が。

「……バカじゃ、ないの」

おまえはバカだ。何で私のことで、そんな表情ができるんだ。こんな、本当に嬉しいですと言わんばかりの顔で、私を見つめるんだ。
罪悪感でズキズキと痛む胸が、もう言ってしまえと叫んでいる。ああダメだ。我慢できない。

「……ねえ、知ってた?私があんたのことずっと嫌いだったって」

言った。言ってやった。この三年間、ずっと言いたくて仕方がなかったことを。二宮が傷付くだろうことを言ってしまった。私はもう二宮の顔を見ていられなくて、俯いて大きく息を吐いた。
二宮は何も言わない。私に嫌われてたことが余程ショックだったのだろうか。そりゃあ全く気付いてなかったみたいだしな。

「知ってましたよ」
「そう、知っ……え?」
「知ってました」

思わず顔を上げて二宮を見上げる。二宮はやっぱり小さく笑みを浮かべたまま、先程私に押し付けられた傘を私に握らせた。

「ですが俺は、あなたのことが好きだったので」

意味が分からない。何でそんなこと言うの。おまえのことが嫌いだって言ったばっかりじゃん。しかも私に嫌われてたこと知ってたんでしょ?それなのに何で、そんな目で私を見るの。こんな…、
こんな、プライドばっかり高くて、嫉妬深くて、未練がましくて、意地っ張りな女のことを、この男はどうして好きだなんて言えるのだ。

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