二十万打 | ナノ
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▼はつ恋咲いた

名字さんは男子たちから密かに大和撫子と呼ばれるくらいには大人しくて清楚な子だった。このご時世にこういう子いるんだ〜とか、ちょっぴり憧れてたしね。

「ご、ごめんね犬飼くん…。忙しいのに呼び出しちゃって」

恥ずかしそうに俯く名字さんに柄にもなく緊張した。だけどやっぱりオレだって健全な男で、満更でもなくて。

「あの…あのね?犬飼くんにお願いがあって」

一言で言ってしまえば、そう。期待しました。










辻ちゃんが三年の教室までやって来るときは大抵がボーダー関連の用事だった。今日も「任務開始の時間が変わったそうです」とわざわざ教えに来てくれたけど、オレは背後から刺さる視線がどうしても気になってしまって上の空な返事を返してしまう。

「…先輩、聞いてますか」
「えっ……き、聞いてるよ?」

しどろもどろになりながらもそう返せば、辻ちゃんは呆れたように溜め息をついて「俺はちゃんと伝えましたからね」と言い残して自分の教室に帰って行った。あ、これは完全にオレが話を聞いてなかったと思われてるな。なんて思いながらとりあえず、オレの気が散ってしまった原因である人物に文句を言うべく後ろを振り返った。

「名字さんじろじろ見すぎじゃない?」
「ご、ごめんなさい……」

しゅん、と目に見えて落ち込んでしまった名字さんにほんの少しだけ罪悪感を覚えて、「それで?」と促す。名字さんは一瞬きょとんと呆けて見せたけど、ぱあっと顔を輝かせて口を開いた。

「今日もすっごくかわいかった…!間近で見られて幸せ!」
「…………あっ、うん」

名字さんはなぜか辻ちゃんに夢中だった。何でもオレを訪ねて来た辻ちゃんを一目見て恋に落ちたらしい。正直オレや荒船だってイケメンの部類に入るんじゃない?って思うけど、名字さんの目にはかわいいかわいい辻ちゃんしか写らないのだ。

「もうね、食べちゃいたいくらいかわいいよね!?髪の毛サラサラだし天使の輪が出来てたし、あっでも後ろちょっと跳ねてたねだけどそこもかわいかったよ!あと少しネクタイ曲がってたみたいだけど寝坊しちゃったのかなあ!?私が結び直してあげたかった…!」

大和撫子のうっとりとした表情は絵になるはずなのに、口にした言葉のせいでドン引きするほど気持ち悪かった。これは百年の恋も冷めるわ。まあ幸か不幸か、名字さんのその気持ち悪い顔を知っているのはオレだけなんだけど。

「名字さんってホントに辻ちゃんのこと大好きだよね…」
「えっ!?」

名字さんは真っ赤になった頬を隠すように両手を当てた。その仕草はたしかに可愛かったけど、あの気持ち悪い名字さんを知ってしまっては最早ときめかない。オレの目の前にいるのは大和撫子ではなくただの変態である。

「は、恥ずかしい…!そんな、私の気持ちが犬飼くんにまでバレてたなんて」
「え、オレの前で辻ちゃんのこと散々かわいいかわいいって褒めといて何でバレてないと思ったの」
「だって、ただ後輩を可愛がる先輩に見えるかなと思って」

見えねえよ。

「もういっそ告白しちゃえば?」
「む、無理無理…!だって挨拶すらしたことないんだよ!?」
「あ、そこはきちんとしてるのね」

名字さんは辻ちゃんのことに関しては暴走気味だったけどその辺はきちんと弁えていたらしい。無理無理無理!と叫びながら後退る名字さんは後ろを見ていなかった。だって後ろには自分の教室に戻ったはずの辻ちゃんが戻ってきていたのだから。

「あ、ごめ……っ!?」

後ろを振り返った名字さんがぶつかった相手を認識した瞬間、出かけた悲鳴を堪えるように口元を手で覆って立ち尽くした。
辻ちゃんも恥ずかしそうに視線を逸らして「いえ、」と呟いている。生身で女子とぶつかったのは久々だからどんな反応を返せば良いか分からないって感じかな。そしてそんな辻ちゃんを見て名字さんが悶絶していたのをオレは見逃さなかった。

「辻ちゃんどうしたの?何か言い忘れたことでもあった?」

辻ちゃんから名字さんを回収しつつ話し掛ける。名字さんは口元に手を当てたまま「良い匂いだった……腰細すぎ……かわいい……好き……」と呟いている。こらこら、さっき自分で告白は無理だって言ってたでしょうが。ていうか後ろ向きにぶつかったくせに腰の細さを確認するってすごくないかこの子。
とりあえずボーダーのことならば部外者の名字さんは席を外した方がいいのだろうと思い、名字さんを自分の席に座らせて辻ちゃんの元に戻った。辻ちゃんも辻ちゃんで女子とぶつかったショックから立ち直っていないのかプルプル震えている。

「辻ちゃん大丈夫?ごめんね、あの子ちゃんと後ろを見てなかったから」
「……いえ、」

名字さんのために辻ちゃんに一応フォローを入れておく。辻ちゃんは防衛任務についての追加の連絡事項を口早に呟いたあと、真っ赤な顔を上げてこう言った。

「さ、さっきの方って先輩の彼女さんですか……?」
「え!?やだよあんな変態誰がっ」

そこまで言いかけてハッとした。もしかして辻ちゃん、

「辻ちゃん名字さんのこと好きなの……?」
「へっ……!?」

ただでさえ赤かった顔をさらに紅潮させた辻ちゃんは完全に固まってしまった。そんな"かわいい"後輩に先輩として助言を与えるならばこの一言に尽きる。

「外見で騙されちゃダメだよ辻ちゃん!」
「面食いの先輩に言われたくないです」

title/サンタナインの街角で


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