二十万打 | ナノ
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▼右手に拳銃、左手に君の右手

「おまえなんか嫌いだ……!」

顔を歪ませて吐き捨てるようにそう言ったのは私の大切な幼馴染みだった。ショックだったはずなのにどうしてか涙は出なかった。自分の何が彼に嫌われるような原因になったのかと考えてみたけれど特に思い当たる節はない。いつも通り学校に行こうと秀次を家まで迎えに行って、一緒にお昼を食べようと秀次の教室を訪ねた。放課後も、防衛任務がないなら一緒に帰ろうって誘いに行っただけ。私の行動はいつもと何も変わらなかったし、秀次の反応もいつも通りだった。無意識に秀次の地雷を踏んじゃったのかな。でも秀次のお姉ちゃんの話はもちろん、お姉ちゃんを連想するようなワードは避けたはずだし。本当にいつも通り、昨日見たドラマの話とか教頭先生は絶対カツラだと思う!とか、明日の小テストが憂鬱だとか。そんな話しかしてないのに。

「……嫌い、かあ」

秀次は冗談でもそんなことを言う子じゃないし人が傷付くような嘘を言う子でもない。それは他でもない私が一番よく知っている。じゃあ本当に、秀次は私のことが嫌いになったんだ。
やっぱり涙は出なかったけど何だかすごく寂しかった。



秀次に嫌いだと言われてから、朝から秀次の家に迎えに行くこともお昼を誘いに行くことも、一緒に帰ることもなくなった。友達が「三輪くんのところに行かなくていいの?」と聞いてきたけど笑って誤魔化した。そろそろ幼馴染みから卒業しないとね、なんて心にも思っていないことを言いながら。本当は秀次に会いたかったし、今までみたいに私のどうでもいい話を聞いて欲しかった。秀次に嫌いだと言われても、私は秀次のことが大好きだったから。
だから私は学校からの帰り道、久々に見かけた秀次を思わず追いかけてしまった。

「しゅ、秀次待って…!秀次!!」

私が追いかけて来ていることに秀次が気付いていたかどうかは分からない。私の顔なんて見たくないと振り返らなかったのかもしれないし、本当に気付かなかったのかもしれない。秀次は今から防衛任務なのかかなり急いでいた様子で、私はあっという間に秀次を見失ってしまった。しかもいつの間にか警戒区域まで入り込んでたし。幸いにも小さい頃秀次とよく遊んでいた公園の近くだったから帰り道は何となく覚えてる。このまま此処にいて近界民に襲われでもしたら今以上に秀次に嫌われてしまうかもしれない。秀次に見つかる前に早く帰ろう。たしか、この角を曲がってずーっとまっすぐ歩いて行けば警戒区域ギリギリのところにあるコンビニの前に出るは、

「ひっ……!」

角を曲がってすぐの所に、トラックよりもずっと大きい何かがいた。その化け物の目のような部分がギョロッと動いて私の姿を捉えたのが分かった。
頭で考えるよりも先に、私は踵を返してその場から逃げ出した。後ろからどしん、どしんと化け物が追いかけて来るのが分かる。やだやだ、死にたくない。怖いよ助けて秀次、秀次おねがい。秀次、秀次、

「しゅう、じ」

死ぬなら最期にもう一回、秀次の顔が見たいよ。嫌いだって言ったあのときの苦々しい顔でもいいから。だからもう一度だけ秀次に会いたい。そう思っていたからだろうか。

「名前…っ」

秀次の声が聞こえた気がした。秀次の顔は見られなくても、私はそれだけで満足だった。





朝が苦手な秀次を迎えに行くのは私の役目だ。今日も玄関先で待っていると眠そうな顔の秀次が家から出てきて、昨日も遅くまで任務だったのかなあと少し心配になってくる。

「おはよう秀次!体操服持った?」
「……何でおまえが俺の時間割を知ってるんだ」

呆れたように目を細めながらも秀次は肩に掛けていたトートバッグを掛け直して「持ってる」と言った。

「よかったー、じゃあ後で貸してね!」
「はあ?忘れたなら今から取りに行けばいいだろ」
「誰かさんが出てくるのが遅いから取りに戻ったら遅刻だよ…!」

秀次の頬を軽く摘んで文句を言う。秀次はやめろと言ったけど手を振り払うような素振りは見せなかったから存分に触らせてもらった。秀次ってば女の私より肌キレイなんじゃ…?

「…いつまで触ってるつもりだ。遅刻するんじゃなかったのか?」

秀次はそう言って自分の頬を摘み続ける私の手を掴むと、軽く引いて歩き出した。あら珍しい。いつもなら私が手を掴もうものなら全力で振りほどいてくるくせに。

「もしかして今日は雨…?わたし傘持ってないよ」
「天気予報で今日は一日快晴だって言ってたぞ」

違うそうじゃない。そうじゃないけど指摘することで手が離れてしまうのは寂しかったから、私は何も言わないことにした。

「…折りたたみ傘を持ってるから。放課後、万が一雨が降ってきたら入れてやる」
「えっ!?」

ナチュラルに手を繋いできた上に秀次が一緒に帰ろうって言ってくれるなんて…!どうしたの秀次、やっぱり今日は雨が降るんじゃ。

「……何だその顔」
「い、いや。珍しいなあってちょっとびっくりしただけ」

言葉を濁しながらそう答えると秀次は何故か気まずそうに視線を泳がせた。視線を逸らしたまま、秀次は「なかったことになったから」と小さな声で呟いた。何がなかったことになったんだろう。聞いてみたかったけど聞いても教えてくれないような気がして、私はただ「そっかあ」と呟いて秀次の手を握り返した。

title/水葬


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