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アンタッチャブルヒーロー

慶くんが溜め込んでいたレポートが発掘された。
提出期限は7月末までだったが、今は10月である。これがどれだけヤバい事態なのか察してほしい。

「いやあ、すっかり忘れててさ」

なはは、と笑う慶くんは、果たして事の重大さを理解しているのだろうか。思わず大きな溜め息が零れる。

「忘れてたじゃ済まないだろう太刀川…このレポートで前期の成績が評価されたのに…」
「でもまあ教授が、週明け朝イチで提出すれば単位くれるってさ」
「週明けって慶くん…今日はもう金曜日なんですけど…?」
「いやあ、おまえたちに甘えてばっかじゃ悪いと思って一応自力でやってみようと思ったんだけどさあ」
「何でそこで突然やる気出したの!?大人しく私たちを頼ってくれていれば今頃終わってたかもしれないのに!」
「落ち着いて宮内ちゃん、落ち着いて」

どうどう、と堤くんと来馬くんに宥められる。自力じゃ終わらないことは分かり切っていただろうに、と文句を言いたくて仕方がなかったけれど、今はその時間すら惜しい。

「ほら太刀川、日曜日までには終わらせないと。二宮の誕生日会に行けなくなるぞ」

慶くんに発破を掛けようとしたのだろう。堤くんの言葉に、私の手からレジュメを綴じたファイルが滑り落ちた。大丈夫か?と声を掛けてくれた堤くんに、曖昧な笑みを浮かべて頷く。

「ああそうじゃん、二宮の誕生日。やべ、何も用意してないわ」
「そういえば宮内ちゃん、二宮くんと面識なかったって本当?誰も紹介してなかったんだね」
「えっ、ああ、うん。もしかしてみんなと一緒のところをよく見かける、あの背の高い男子のことかな」

とぼけたようにそう言って、笑う。こないだの望ちゃんと言い、何なの最近。もう何年も避けてきた名前が、こうも立て続けに出てくるなんて。

「あ、ねえ、私図書館に行っていくつか文献借りてくるよ?私がこのレポートを書いたときに使ったいい文献があって」

少し捲し立てるような言い方になってしまった。ちょっと不自然だったかな。いや、今はどこかの誰かさんの誕生日より、慶くんのレポートの方が優先度が高いはず。そう言い聞かせて腰を上げると、なあ、と太刀川くんに声を掛けられた。

「おまえと二宮が面識ないって可笑しくないか?」

何を考えているか分からない目でまっすぐに見つめられて、一瞬動きが止まってしまった。咄嗟に表情を取り繕うことも出来ない。

「な、に?いきなり。知らないって言ってるでしょ」
「いやだってほら、高校の頃、何回かおまえを家まで送って帰ったことあったじゃん。で、こないだ二宮にノートを借りようと思ってあいつと一緒に家まで行ったんだけど、なーんか見覚えある道だなあと思ってさ。隣の家の表札見たら宮内って書いてあったし、二宮に聞いたら」

慶くんの言葉を遮るように、バン!とファイルを机に叩き付けた。驚いたように肩を揺らした来馬くんと堤くんの顔はもちろん、今もまっすぐ私を見つめているであろう慶くんの顔も見たくない。

「知らない。二宮くんなんて、知らない。話したこともない」
「えっ、あっ、宮内ちゃん?」
「図書館行って文献借りてくる。このレジュメ使っていいから三人でレポート進めてて」

明らかに知り合いであることがバレバレだろうが、私がこんな態度をとったのだから、これ以上私たちの関係性について掘り下げられることはないだろう。慶くんは納得しないかもしれないが、堤くんと来馬くんがどうにか言いくるめてくれるはずだ。

『二宮に聞いたら』

彼は慶くんに私のことを何と言ったのだろう。彼と絶縁状態になって、もうすぐ10年になる。幼馴染みだなんて、口が裂けても言わないだろうけど。





まだ後期が始まったばかりだからだろう、図書館の利用者はかなり少なかった。出来るだけ足音を立てないように歩いているつもりだけど、静まり返った図書館ではどう気を付けても響いてしまうようで居たたまれない。
お目当ての本棚には先客がいた。背筋をぴしっと伸ばして分厚い本に視線を落としている。思わず足を止めたのと、気配に気付いたらしい彼がこちらを向いたのはほぼ同時だった。

「……、」

慌てて視線を逸らしたけれど、一瞬だけ目が合ってしまった。目が合ったのなんて何年振りだろう。そもそもこんなに接近したのだって、久しぶりなんてレベルじゃない。テンパった私はとりあえずここから早く離れなければと、震える足を無理矢理動かして数歩後退った。

「あっ」

足がもつれる。間抜けな声と共にお尻から床に転がった。
よりにもよって、この人の前で。最悪だ。もう、今日は散々すぎる。羞恥心で顔から火が出そうで、私は両手で顔を覆った。

「おい」

囁くような声だったけれど、それは随分と慌てたような声だった。誰に声を掛けているのだろう、なんて現実逃避をしても、ここには私と彼以外誰もいない。私は恐る恐る顔を上げる。

「隠すべきは顔じゃないだろう」
「え…?」

あの時と同じ…いや、あの時よりだいぶ凄味が増している。仏頂面を隠しもせずに、彼は……まさくんは、なぜかそっぽを向いて、私の前に立っていた。

title/箱庭


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