×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

■ 置き去りの恋心

オレの家は代々縹木家に仕えている。だからオレの将来も、生まれたときから決められたようなものだった。

『お前は一生かえでお嬢様にお仕えするんだ』

ずっとそう言われて育ってきた。ガキの頃は何でオレが、なんて思ったりしたけれど、大人になるにつれてそのことに疑問は抱かなくなっていった。
オレがかえでに人生を捧げれば、それがあの日オレが犯した罪を償うことになると思っていた。それなのに。

「千尋くんに紹介したい人がいるんです」

吸血鬼の生贄になって一か月近く経ったある日、ひょっこりと戻ってきたかえでの隣には知らない男がいた。日焼け知らずの白い肌に赤い髪。
そいつは赤司征十郎と名乗った。左右の色が違う目に見つめられた瞬間、誰にも言わなかった過去を読み取られたような、何とも言えない感覚に陥る。

「……初めまして」

その眼に滲んでいたのは嫉妬、苛立ち、軽蔑。
やっぱりコイツはオレの心が読めるのかもしれない。オレが保身のためにコイツを売った、あの森での出来事を。





当時オレたち子どもの間では宝探しが流行っていた。森の中に隠された宝物を一番に見付けて戻って来た子どもが勝者で、"お嬢様"はいつだって一番だった。
どんなにくだらないことだって子どもは勝ち負けにこだわるものだ。大人になった今だから言えることだが、オレたちはかえでがズルをしていると思っていた。かえでがズルをしている証拠はどこにもない。だけどオレたちは何とかしてかえでの悔しがる顔が見たかった。

「だから協力しろよ、千尋」

オレはかえでに仕えなければならなかった。まだ子どもなのに既に決められている将来が耐えられなくて、オレの将来を縛るかえでが嫌いで。

「……もちろん」

オレはその誘いに乗った。他の子どもたちとかえでを負かすための計画を示し合わせ、そうしてやってきたあの日。宝物を隠す役に選ばれたのはオレだった。

「いいか千尋、絶対分かんないところに隠すんだぞ!」
「ああ」

とは言ったものの子どもが思い付く隠し場所なんてたかが知れている。だからと言って適当な場所に隠すと他の子どもたちから手を抜いたと罵られるだろう。手元に残ったウサギのぬいぐるみに視線を落として息を吐いたそのときだった。

「こら、森には入っちゃダメだって言われてるだろう」

背後から掛けられた知らない男の声に肩を揺らして振り返る。いつからいたのか、眉毛が特徴的な男がすぐそこに立っていた。

「森には吸血鬼がいるんだ。君みたいな子どもはすぐに食べられてしまうよ」
「……ゲームを、していて」
「ゲーム?」
「これを隠さないと…」

オレだけが怒られるのは不公平だ。だって今までバレなかっただけで他の子どもたちも森に入っているのだから。
オレだけじゃない、他にもいる。そう言いたくてオレは男にウサギのぬいぐるみを見せた。

「それの持ち主は女の子?」
「え、ああ…年下の」
「ふぅん…」

男が何を考えているのか分からなかった。品定めするような視線が頭の先から爪先までじろじろと向けられて気持ち悪い。

「それ、オレが隠してやるよ」
「えっ」
「いい隠し場所を知ってるんだ」

男が纏っていた空気が変わった。怖い、こいつオカシイ。
ニンマリと笑みを浮かべた男がこちらに手を伸ばしてくる。足が震えて言うことを聞かない。

「その前にお前を味見してもいいよなぁ?」
「……っ!」

腕を掴まれる前にぬいぐるみを男に向かって投げつけて、その場から逃げだした。



「よっしゃ、オレ一番!」

子どものはしゃぐ声が聞こえる。続々と戻ってくる子どもたちから少し離れたところで、オレは耳を塞いで座り込んでいた。大丈夫、オレは悪くない。かえでがズルしていたのが悪いんだ。
だからみんなアイツを困らせたくて、オレは言われた通り分からない場所に隠そうとして、それであの変な男に会ってしまって。ぬいぐるみはあの男がどこかにやってしまっただろうけど、でもきっとかえでだってすぐに諦めて帰ってくる。ぬいぐるみがなくなってしまっても旦那様たちには言えないはずだ。オレがどこかにやってしまったと告げ口をすると、自分が森に入ったことまでバレてしまうのだから。自分にそう言い聞かせてかえでが戻ってくるのを待っていた。
その日いくら待ってもかえでは戻ってこなかった。





「千尋くん?」

あの頃より随分と大人びた声に名前を呼ばれる。振り返らずともそれがかえでのものであることはすぐに分かった。さっきまで旦那様の部屋にいたはずなのにどうしてこんなところにいるのだろう。

「赤司はいいのか?」
「お父様と話し込んでいるから、お茶でも用意しようかと思って」

かえではオレの隣までやって来ると、危なっかしい手付きで湯を沸かしを始める。茶の用意どころか自分で湯を沸かしたことすらないクセに。好きな相手のためだったら何でもてきるって?バカだろコイツ。

「オレがやるから戻れば?」
「自分でやりたいんです。千尋くんは口出ししないで」
「お前が火傷なんてしたらオレが叱られるんだけど」
「このくらいで火傷なんて……っ!」
「っ!?こんのバカ……!」

言わんこっちゃない。やかんに触ったかえでの手を掴んで慌てて水で冷やす。大事な大事な"お嬢様"に火傷なんてさせたら旦那様に何と言われるか。それに、

「かえで」

突き飛ばす勢いでかえでから距離をとる。かえでが初めて赤司を連れて来たとき、アイツはオレとかえでが幼馴染だと知るとかえでとの関係を根掘り葉掘り聞いてきた。そこまで露骨な反応をされて自分がどう思われているかなんて気が付かないはずがない。

「何をしているんだい?」
「お茶を淹れようと思ったんですけど…せ、征十郎!?」

赤司がかえでの手首を掴む。赤くなったそこに、唇から覗かせた舌が這わされた。

「!!?」
「ちょ…!征十郎何して、」
「じっとしてて」
「ち、ちひろくんもいるのに…っ」
「ん……」

かえでの言葉に赤司がちらりとこちらに視線を向けた。コイツ…!分かっててやってる!!
握った拳がわなわなと震える。赤司の舌は火傷した場所だけではなくさっきオレが掴んだところにまで伸ばされていて。

「余所でやれバカップル!!」

ダンッ!テーブルに拳を降り下ろしても、赤司はそれを物ともせずにかえでの手首に唇を落としていた。



かえでと赤司の後ろ姿を見送る。二人に手を振っていた旦那様が「そういえば」と言いながらオレを振り返った。

「千尋はかえでのことが好きなんだとばかり思っていたが違ったのかな」
「まさか。からかわないでください」

そう返すのが精一杯だった。
旦那様の言う通りだ。オレはかえでのことが好きだった。だけどオレは昔かえでを危険な目に遭わせたことがあって。好きだと伝えそうになるたびに罪悪感に飲み込まれて何も言えなかった。

『……お前がかえでのぬいぐるみをアイツに渡したんだね』
『……!』
『何てことをしてくれたんだと、罵ってやりたいところだが……。お前のせいで僕はかえでと出会えた。感謝するべきなのかもしれないな、千尋』

どうしてそれを知っている?なんて、そんなことは聞けなかった。どうやらオレはあの日投げ付けたぬいぐるみと一緒にかえでへの想いも捨ててしまったらしい。
すれ違いざまにアイツに言われた言葉はきっと一生忘れないだろう。

title/サンタナインの街角で


[ prev / next ]