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■ Select Vampire

※キセキの話なので主人公は名前すら出てきません。それでも大丈夫な方だけお進みください。





吸血鬼の血はどんな病気にだって効く万能薬だと聞いた。だから危険を承知で吸血鬼が住むという森に足を踏み入れたのだ。

「オオカミに襲われて死にかけていたところを拾ったんだ」

赤い髪の男にそう言われて自分の体を見下ろしたが怪我もなければ痛みすら感じない。オオカミに襲われた記憶も曖昧だった。

「……ではなぜオレは生きている?」

この男が言うことが本当ならばオレは死にかけていたはずだ。それなのになぜオレは生きている?森の中で倒れていたオレを、オオカミに襲われたオレを、どうして普通の人間が助けられた?
状況を掴めないオレを観察していた男がクスリと笑う。開いた口からちらりと見えたのは、人間にはないはずの鋭い犬歯で。

「吸血鬼の大半は人間をただのエサだって認識しているけれど、お前みたいな利口なヤツもいるものだね」
「!?」

吸血鬼。彼はたしかにそう言った。
祖父から聞いたことがある。森には吸血鬼が住んでいて、森に迷い込んだ人間を襲うのだと。ただの言い伝えだと思っていたがあれは本当のことだったのか…?

「お前がうわ言で誰かの名前を呼んでいたから、死にたくないのかと思って助けたんだが……。吸血鬼の噂は人間の村でも有名なものだろう?なぜ森に入った」
「……妹が病気なのだよ。お前たちの血は万病に効く薬だと聞いた。だから吸血鬼の血を手に入れて、妹の病気を治してやろうと思った」
「……吸血鬼の血が万病に効く薬だなんて、オレは聞いたことないけどね」

やはり噂はただの噂か。藁にも縋る思いで森に入ったのだが無駄足だったらしい。
落ち込むオレを他所に吸血鬼はゆるりと口角を上げた。怪訝に思って眉を潜めていると、吸血鬼はベッドサイドの引き出しから何かを取り出す。

「さっきの質問に答えよう。なぜ死にかけていたお前が生きているのか」
「は……?」
「お前を吸血鬼にしてオレの血を飲ませた。だからお前は死なずにこうして生きている」

呆けるオレの膝の上に手鏡が落とされた。口の中を見るようにゆっくりとそれを覗き込めば、目の前の男と同じような鋭い犬歯が生えていて。

「オレの血をあげよう。原液だと不死身になってしまうが……まあ薄めれば問題点ないか」
「な……にを、」
「お前の能力で錠剤に作り変えて妹に飲ませるといい。それからお別れをしておいで」

お前はもう、家族と同じ時間は刻めないからね。吸血鬼が部屋から出て行ったあとも、その言葉はいつまでも脳内から離れなかった。


***


人は普通が大好きだ。自分たちが定めた"普通"に当てはまらない人間はいつだって爪弾きにされる。
"普通"より大きかったオレは化け物と呼ばれていた。できるだけ体を小さくして道のはじっこを歩いてもすぐに見つかってしまう。投げ付けられた石でオレがケガをしてもアイツらはちっとも気にならない。だってオレは化け物だから。
普通って何なの。どうしたら普通になれるの。そう尋ねれば赤ちんはいつだって笑いながらこう答えた。

「オレは普通じゃないから分からない」

赤ちんは初めてできた友達だった。オレよりもずっと普通に見えるけれど全然普通じゃない。
赤ちんは吸血鬼。本物の化け物だった。

「赤ちんにも分かんないことあるんだねー」
「人間に関してはね。だから彼らは興味深いんだ」
「……そんなこと言うの赤ちんだけだよ」
「よく言われる」

クスリと笑う赤ちんはとても綺麗で、そして何より楽しそうだった。

「紫原は普通になりたいのか?」
「分かんない。でも身体のことはどうしようもないし」

大きすぎる身体を縮めることなんて出来やしない。オレは普通になんてなれないのだ。だから。

「普通になれないなら本物の化け物になりたいな」

本物の化け物になれば化け物と罵られても平気なんじゃないか。本物の化け物になったら普通になれるんじゃないか。
赤ちんは、オレを普通にしてくれるんじゃないか。

「オレを普通にしてよ、赤ちん」


***


さつきは怖がっていた。テツは何度もやめようと言った。
オレは自分のちっぽけなプライドのために二人の言葉を無視した。きっとこれはその罰なのだ。

「テツ!さつき!」

村のヤツらに唆されて足を踏み入れた森は散々だった。昨日の大雨で地盤が緩んでいたせいで、さつきが足を踏み外して崖の下に落ちてしまった。さつきを助けに行こうとしたテツまでもが真っ逆さまに落ちてしまって。
慌てて後を追おうとしたオレの肩を、誰かが掴んだ。

「っ!?」
「お前まで落ちるつもりか?」

赤い髪の男が立っていた。瞬きをした瞬間オレたちは崖の下にいて、少し離れたところにテツとさつきが倒れていた。

「テ、ツ……?さつき?」

呼んでも返事は返ってこない。
男の手を振り払って二人に駆け寄る。頭から流れ出た血とあらぬ方向に曲がった手足を見て、非現実的なそれに体から力が抜ける。その場に座り込んだオレの耳に、ジャリ、と土を踏みしめた音が聞こえた。

「寄るな化け物……!」

ただただ直感的にそう思った。普通の人間が一瞬で崖の下に、しかも無傷で移動できるはずがない。
オレの怒声にソイツは足を止めた。怯える素振りは見せず、むしろ興味深げに目を細めるソイツを睨み付ける。

「威勢がいいのは結構だが、それでは友人は助けられないよ」
「んだと……」
「酷い怪我だ。今すぐ医者に見せたとしても二人が助かる確率は極めて低い」
「知るかよ……!助ける気がないなら引っ込んでろ!!」

分かっていた。下手に動かすことは良くないことも、かと言ってこのままではテツもさつきも助からないことも。
誰でもいいからコイツらを助けてくれ。誰か……誰か早く、

「助ける気がないとは言ってない」
「は…?」
「オレなら二人を助けられる。……まあ、オレと同じ化け物にしてしまうけれど」

もう何でもよかった。悪かった、こうなったのはオレのせいだって、謝ることができるなら。テツとさつきが死なずに済むのなら。
また三人で笑えるなら、オレは。

「いいぜ、その代わり…………オレも化け物にしろよ」

そのためならオレは、悪魔にだって魂をくれてやる。

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